Extra Pride『矜持衝突 初めての勲章』
車内から会釈してくる女子高校生を見つめながら、葉山美鈴は懐かしく、そして頼もしい想いに囚われていた。乳道に邁進する人生を引退して十年。自分が信じていた乳道精神はちゃんと後輩に受け継がれていた。電車に乗り込もうとした瞬間、三両目から決闘の空気が流れてきたのには驚いたけれど。
頑張れ後輩――と自分のバストを指差して車輌を見送ると、美鈴は閑散としたプラットフォームに佇み、大切に思っている勲章を思い出した。
†††
(なんでこの女がいるのよ)
混浴露天風呂に行き、乳白色の湯に足をひたした美鈴は、不快な存在を目に留めて舌打ちした。渓流のせせらぎを聴きながらのんびりできると思っていたのに、これじゃ雰囲気ぶち壊しだ。
「……あら奇遇ね、美鈴ちゃんに会うなんて。家族旅行?」
湯を掻いて言ったのは相沢柚香だ。二カ月前、塾のお試しコースで個別指導してくれた女子大生。教え方が適当で、暇さえあればケータイをいじっていた。何よりムカついたのはその二面性だ。自分に寄ってくる男子生徒にはニコニコするくせに、美鈴に対しては異常なほど攻撃的だった。チクチクと胸の優劣を仄めかしてきたのだ。C学三年でEカップある美鈴に敵愾心を持ったのかもしれない。もちろん美鈴は塾に入会せず、厭味な女を記憶から消し去った。
――それなのに。
「そうです」
つっけんどんに答えると美鈴は湯船に身体を沈めた。普通なら「先生も旅行ですか?」と訊き返すのだろうが、猫かぶり女がどんな理由で来てようが知ったことじゃない。心を無にしてこの不快な時間に耐えるだけだ。
「あの男の子たち、きっと照れてるのね」
柚香が顎で指した。見れば少し離れた場所に男の子がふたりいる。S学校六年生くらいだろうか。必死でこちらを見まいとしているが、紅潮した顔はのぼせたせいだけじゃない。
「そうですね」
「混浴でどきどきしてるのよ。かわいい」
イラつく笑みを浮かべると柚香が湯船から上がり、浴槽のへりに腰掛けた。さんざん自慢されたバストはHカップだ。でかいとは思うが羨ましいとは思わない。この女だけは。
「どきどきしてるって言っても私の裸を見たからよ。美鈴ちゃんは今入ってきたばかりだし。あの子たちのおちん○ん、元気にさせちゃったかも」
一言余計だ。美鈴はイラついた。
「勃起してなかったら残念ですね」
湯水を両手で掬いながら思わず毒づいてしまう。柚香がキッと美鈴を睨んだが、すぐに普段の表情に戻った。
「勃起してるわよ。だって女子大生のおっぱいを見れたんだもの。あの年頃の男の子はね、年上のお姉さんに憧れるの。性の迷宮から救い出してくれる女神を待ってるのよ」
「私にも弟がいますけど、S学生から見れば女子大生もC学生も大差ないですよ。歳が離れてるぶん、女子大生はむしろ近づきがたいと思いますけど」
「そんなことないわ。塾の男の子たちはみんな私にメロメロだもの」
湯水を掬って柚香が上半身にかけた。少年たちを誘惑するように乳房を揉む。
「谷間でもチラつかせてるんですか」
「励ますふりをしておっぱいに触れさせてあげるの。こうぎゅって腕を組んで」
見えない腕を柚香がふくらみに押しつけた。何とかっていう罪で逮捕されればいい。この女が消えてくれたらせいせいする。
「勃起してるかどうか確かめてみる? そんなに疑うんだったら」
柚香が挑発的な口調で言った。
「ご自由に。単に男湯に厭きてここに来てるだけだと思いますけど」
柚香が手招くと男の子たちが近寄ってきた。湯船から身体を上げずに。間近で見る柚香の巨乳にびっくりしたらしく、あんぐりと口を開けていた。
「お姉さんのおっぱい見てた?」
「み、見てません……」
「見てないよな?」
「怒ってるんじゃないの。お姉さんの裸に興味持ってくれてるなら嬉しいなって」
慌てて視線をそらす少年たちに微笑みかける性悪女。この仮面で男子生徒を誑かしているかと思うと吐き気がする。そしてそれに騙される単細胞連中。残念ながら目の前の男の子たちもその類だった。叱られるんじゃないんだ、と安堵して、視線をこちらに戻したのだ。
「ほんとは見ました。……でもジッとじゃないです」
「一瞬だけだよな? ガン見しちゃだめだぞって話しあってたし」
「おちん○ん元気になってるのかな? 立ち上がってこっちに来られなかったってことはそうだよね? 恥ずかしくてバレたくなかったんでしょ?」
馬鹿らしい。どっちでもいいじゃん。それよりさすが源泉かけ流しだ。けっこう熱い。
美鈴も浴槽のへりに腰掛けた。裸を見られても全然恥ずかしくない。
男の子たちは柚香に問い詰められて戸惑っていたが、やがて同時にうなずいた。
「嬉しい。じゃあさ、お姉さんに見せてくれる? ボクたちのおっき」
男の子たちがもじもじした。年上のお姉さんに勃起を見られることではなく、友達に、変化したそれを見られてしまうことが恥ずかしいのだ。修学旅行などの入浴タイムでは、ちん○んぶらぶらソーセージなのだから。
けれど片方の男の子に勇気があった。湯船から立ち上がったのだ。もうひとりも友情を示すように立ち上がる。包皮に包まれたソーセージが健気に上を向いていた。
「すごい元気」
柚香が小さく拍手する。勝ち誇ったような一瞥を美鈴に向けた。
「誰のおっぱいでこうなっちゃったの?」
自信満々で尋ねる柚香。しかし直後に固まった。男の子たちがそれぞれ違うおっぱいを指差したのだ。勇気のあるイケメンくんは美鈴を、真面目そうな親友は柚香を。
(ぷ……笑えるオチ)
美鈴はほくそ笑んだ。その嘲笑が癪に障ったらしい。柚香が続けた。
「じゃあ私とこのお姉さんと、どっちのおっぱいが大きいと思う?」
今度はふたり同時に柚香を指差す。当たり前の質問までして優越感を得ようとする柚香の気持ちが理解できない。なぜこんなにも胸の優劣を競いたがるのか。
「満足しましたか」
と美鈴はタオルで顔の汗を拭い、両足を湯船の中で泳がせた。
「まだよ。美鈴ちゃんを降参させてないんだもの。次の闘いで決着をつけましょう」
「は……闘い? 意味不明なんですけど」
「勝負したいことがあるの。それでも私が負けたら潔く美鈴ちゃんの優位を認める。夏期講習の時の意地悪も謝罪するわ」
よくわからなかったが、あの厭味な思い出を謝ってもらえるなら付き合ってやってもいい気がした。胸糞な女に頭をさげてもらえたら爽快だ。
ただ気になるのは柚香の表情だった。チクチクと胸の優劣を仄めかしてきた時とは違い、どこか真剣さを帯びている。
「どんな勝負ですか」
「パイズリよ。この男の子たちを先にイかせたほうが勝ち。単純明快でしょ」
……パイズリってなに? 美鈴は焦った。性的な行為なのは想像できるが、どういったものなのか知識がない。もちろん学校の友達とはエッチな話はする。セックスもフェラチオもオナニーも知っている。けれどパイズリってなに? どうやるの?
「相手するのは自分のおっぱいでおっきしなかったほう。その条件で勝利すれば、『やっぱり自分の胸が一番なんだ』って自信が持てるもの。いい?」
「もちろんよ」
美鈴は了解した。猫かぶり女の手前、間違ってもパイズリがなにか訊けない。
直立するイケメンくんの前に柚香が、真面目くんの前に美鈴が陣取った。美鈴以上に知識がない包茎ボーイたちは戸惑っている。十センチそこそこの肉棒を上向かせているだけだ。
「使うのは胸だけ。口も言葉責めもNG」
「わ、わかったわ」
柚香がイケメンくんのち○ぽに手を添え、慣れた様子で谷間にいざなう。そして左右の乳房を手繰り寄せると、しっかりと挟み込んだ。両手を組んで上下に擦りはじめる。
(あ……なるほど。おっぱいで挟んで擦るからパイズリなんだ)
美鈴の知識がひとつ増えた。
美鈴も真似して真面目くんのおっきに手を添えてみたが、元気いっぱいのそれはすぐにそり返りたがった。なかなか谷間に誘導できない。うまくいったと思って挟もうとするとぴんっとまた逃げていってしまう。
「…………」
悪戯される真面目くんは唇を噛んだまま。もどかしそうだが、自分が何されるのかわかってないので急かすこともない。
何回かの試行錯誤の末、美鈴はやっとおっきをEカップに挟んだ。初めての感覚に真面目くんが腰を引かせる。気持ちいいのかな、と美鈴は直感的に察した。
隣では猫かぶり女がHカップを操っている。乳房を交互に揺らしたり圧迫したまま包皮を捲ってみたり。イケメンくんががくがくと足腰を震わせていた。
(まあ適当に付き合うか)
負けたところで美鈴は悔しくない。それより、この機会にパイズリを練習してみようかと思った。片想いの彼といつかそういう日を迎えた時、してあげたら喜んでくれるかもしれない。
厭味女みたいに乳房を操れないので、美鈴は単純に谷間で擦ることにした。おっぱいを揺らしたり、身体を上下させたり。
彼氏のおちん○んだと想定してEカップを強く揺すった時、真面目くんがつぶやいた。
「ち、ちん○んがなんかムズムズします……っ」
途端、谷間に埋もれた肉棒が液体を吐き出した。それは保健体育で習った白濁液とは異なり、透明な見た目だった。美鈴はもちろん、真面目くんがそのとき精通を迎えたことを知らない。自分のおっぱいが射精させられる能力を持っていることに驚いていた。不思議と自信がわいていた。
敗北を悟った柚香が悔しそうな表情でHカップを動かし続ける。最後の矜持とばかりにイケメンくんを射精に導いたのだ。深い谷間から亀頭を覗かせたソーセージは、女子大生の顎に向けておびただしい量のスペルマを飛び散らせた。
「完全に私の負けね。まさか美鈴ちゃんに敵わないとは。乳道のちの字も知らないC学生に負けるなんて、私のバストもまだまだかな。個別指導の時は厭味なことばっかり言ってごめん。巨乳のC学生がいて闘争心が疼いたの」
イケメンくんと真面目くんのち○ぽを湯水で洗うと、美鈴と柚香は再び浴槽のへりに座り直した。突然、猫かぶり女の態度が変わったことに美鈴は困惑していた。ムカつく捨てセリフでも吐かれるかと思っていたのだ。
「乳道ってなんですか」
「おっぱい同士を闘わせて究極の栄光を目指す女の世界。地下世界のコミュニティなんだけどちゃんと存在するの。私はその乳道戦士の端くれ。高二の時からよ」
「ふうん。そんな世界があるんですか」
「美鈴ちゃんだったら頂点に立てるかも。おっぱいはこれからもっと大きくなるし」
美鈴は柚香を許す気になっていた。チクチクと胸の優劣を仄めかしてきたのも、今日ここで勝敗を決しようとしたのも、乳道戦士とやらの本能なのかもしれない。何より負けを認めた瞬間、自分の意地悪を謝った潔さに気高さを感じた。
柚香が立ち上がり、美鈴の肩を叩くと露天風呂から消えていった。柚香に手を振られた男の子たちは、まだ呆然とパイズリの余韻に浸っていた。
†††
……それから美鈴は乳道に興味を持ち、プライドが衝突しあう世界に足を踏み入れた。彼氏をパイズリで射精させるのも楽しかったが、それ以上に強敵を乳でギブアップに追い込むほうが快感だった。通算成績は全然誇れるものじゃない。上には上がいる世界だった。
あの温泉で乳道に導いてくれた女子大生は熟女になっているだろう。まだ懲りずに闘い続けているかもしれない。元気なソーセージを見せてくれた男の子たちは、今頃、合コンで彼女を探し求めているのだろうか、それともひきこもって人生を哲学しているのだろうか。
……遠くから電車の音が聞こえてきて美鈴は我に返った。いつの間にかプラットフォームに乗客が並んでいる。
停止線で扉を開けた車輌に美鈴は乗り込んだ。たくさんの女子高校生であふれていた。
(頑張れ後輩)
微笑んだ美鈴の目の前で、扉がゆっくりと閉まっていった――。
『矜持衝突 初めての勲章』了