妄想寄稿『矜持衝突 そして伝説へ……』(後編)
――生乳の掴み合い。ブラジャーの防御効果がなくなったぶん、攻撃がストレートに伝わる。間違っても「痛い」とは叫べないし、迂闊に感じることもできない。悶えても劣勢にカウントされるのだ。相手の攻撃に屈した、と認定されて。
「後輩さんの乳首は我慢強いのかしら?」
萌美が揉みつぶすのをやめ、香織の両乳首を指先で摘んだ。
香織がせせら笑って摘み返した。
「自分から不得意な戦法に持ち込むなんて愚かね。乳首が弱点だって眞理子先輩から聞いてるわよ。《乳首合わせ》で先に突起させちゃったんでしょう?」
「愚かなのはあんたのほうよ。この一週間、私が暢気(のんき)に過ごしていたと思ったら大間違い。本物の乳道戦士はね、常に鍛錬を怠らないの。自分の弱点に気づいたらそれを克服する。当然よね、じゃないと覇道を歩めないんだもの」
眞理子に勝利したのちも、萌美は安穏とすることなく鍛錬を続けていた。女子大生になったかつての先輩――聖ブレスト女学園高校の旧乳道戦士たち――に再入門し、乳首の忍耐力強化に努めたのだ。たった一週間のトレーニングで萌美の乳首は見る間にポテンシャルを開花させていた。眞理子に蹂躙された経験が相当屈辱だったのだ。
実際、乳首の摘みあいで先に突起させはじめたのは香織だった。
「……そんな」
「哺乳瓶みたいに立ってきたわよ。こうすると声が出ちゃうんじゃない?」
香織の乳首を摘んでくりくりと刺激し、萌美が指先で弾く。仇相手の攻撃に香織は思わず両脇を締めてしまっていた。細かい電流が背筋を走り抜ける。たまらず吐息をもらして先制を許してしまった。中継を見守る同胞たちも萌美の有効を認めただろう。
だが香織も白旗を揚げない。お返しに何倍もの恨みを込めて、萌美の乳首を引っ張った。風船の口を伸ばすみたいに何度も何度も引っ張られてはさすがのJカップもひとたまりがなく……と思いきや、萌美は乳首に微塵の変化も見せず平然としている。
「その程度の乳首責めなんて童貞の愛撫くらい無意味なの」
逆に香織の乳首を引っ張った。Iカップが無残にも乳首を最大突起させた。
(これは……計算外)
――再びの有効。萌美がリードを広げた。
香織は焦りつつもしかし思考を巡らせた。結城萌美からポイントを取り返すには――。
そう、おっぱいをなじればいい。結城萌美は胸を罵られると理性を失う。
「彼氏の愛撫にも鈍感になってたりして。鍛えすぎて乳比べに特化しちゃったのよ。彼氏がかわいそう。あんたの乳首を愛撫しても感じてもらえないんだもの」
「うるさいわね。男と寝る時は女に戻れるわよ!」
思ったとおり、萌美の美顔がカッと引き攣った。
「その口振りだと彼氏がいないみたいね。巨乳美人ともてはやされる結城萌美がまさかフリーだなんて。そういえば眞理子先輩と闘った時も、男の子がどうとか友達と話してたんでしょう? 乳比べ専用おっぱいには興味ないってフラれたの?」
「フラれてなんかないわよ。こっちからお断りしたの。私のJカップに触れるのはそれなりの男だけなんだから」
「男の選り好みを後悔するのね。今日ここで、あんたは惨敗して負け犬になるの。身分華やかりしうちに彼氏をつくっておけばよかったって、自分を責めればいいわ」
「足し算わかる? 私が、今二回有効を獲って優勢なの。てことはこのままいけば勝つのは私。惨敗の恥辱を味わうのはあんたのほうよ」
「このままいけば、でしょ。このままいかないから安心して。元乳比べ女王さん」
萌美を侮辱すると、香織は乳首攻撃を振り払って、交換したブラジャーを脱いだ。萌美もそれに倣う。
乳比べには、柔道のように一本勝ちとか、技あり二回でそうカウントされるとかいったルールはない。むしろそれ以上に厳格だ。ただひたすらに相手の降参を迫るのだから。All or Nothing――それが、矜持を衝突させる女どうしの掟だ。
再度の乳首攻撃を狙う萌美。それを牽制する香織。
レスリングの間合い取りに似た睨みあいは、やがて阿吽の呼吸で手四つへと変わった。一気に形勢を有利にしようとした萌美が襲いかかったのだ。
けれどそれは香織の想定するところだった。女王と挑戦者の両手ががっちりと組まれた。
「私の手四つは彩世先輩の直伝。簡単におっぱい相撲に持ち込ませないわ」
「それは羨ましいことね」
「その前にあんたの手首が悲鳴をあげる。やめてくださいって、懇願するのよ」
「やれるもんならやってみなさいよ。腕力で勝利しても乳道ではなんの自慢にもならないの。口先だけのスライム女なんかに負けないわ」
ふたりが般若の形相で額をもぶつけあわせた時、電車が速度を緩めて次の駅に到着した。鬼気迫る女子高生どうしの闘いに女子大生やOLが逃げるように降車していく。しかし自尊心を賭けるふたりは気づかなかった。
「他の車輌に乗ってください」
乗車しようとしてくる客を、彩世たち数人の生徒が阻止する。通報等で勝負の邪魔をさせたくなかったのだ。「満員なので」という口実に大半の客が不平をもらしたが、列に並んでいたとある女性の説得で不承不承、他の車輌に移動した。
乗客に移動をうながしたのは爆乳の美魔女だった。彩世は、彼女が旧乳道戦士だと直感した。車輌に漂う空気が勝負中のそれだと美魔女は感知したのだろう。一瞬のアイコンタクトだった。
……ベルが鳴り、ドアが閉まって電車が走りだす。
後ろに流れてゆくプラットフォームを眺めながら、彩世は美魔女に会釈した。他の乗客を誘導してくれたとは。乗車を遠慮してくれたなんて。
頑張れ後輩――と、両胸を指しながら口パクする美魔女の姿に、彩世は乳道精神の気高さを感じた。それは連綿と受け継がれているのだ。
乳比べクイーンと挑戦者はしかし異質の気高さを対峙させていた。額を擦りあわせつつ腕力を競っていたのだ。左右に腕を広げようとする相手の攻撃を防ぎつつ、自分に優位な体勢でおっぱい相撲に持ち込もうとする。押しては押し返され、押されては押し返すという小康状態に陥っていた。重力でたわんだIカップとJカップが、電車の加速にしたがって揺れまくる。
やがて手汗を嫌った萌美が手を組み直そうとした一瞬の隙を衝いて、香織が額を離し、一気呵成に両腕を広げた。「くっ……」とうめき声をもらす結城萌美。あっという間にふたつの爆乳が重なり合った。
「腕力勝利が自慢にならないならあんたの胸に降参を迫るだけよ」
「スライム乳に何ができるっていうの……! 無様にひしゃげて終わりでしょ!」
先手を取られた乳比べ女王はすぐさま冷静さを取り戻した。香織がぐいぐいと押し込むと萌美も負けじと胸を張った。正面からぶつかり合うふくらみは作用反作用の法則にしたがい、潰れまくる。まるで搗きたての鏡餅をくっつけ合ったみたいに。
ふたりが上半身を左右に振った。それはメトロノームがテンポを上げていくように、小刻みな擦りあい揺らしあいへ、揺らしあいから震度六強へと発展していった。がっぷりよつで潰しあう爆乳はパンク寸前。乳首が隠れてしまって見えない。
ほんとに破裂するんじゃ、とギャラリーが心配した時、香織が大きく身体を振ってJカップに一撃くらわせた。
「眞理子先輩の仇!」
――ばちぃぃぃん!
「その程度なのっ!?」
――バチイィン!
《おっぱいボクシング》は迫力満点だった。兇器同然のふくらみがひっ叩きあうのだ。運動エネルギーの凄まじさを物語るように乾いた音が響き渡る。矜持を衝突させる乳道戦士たちの乳房が赤く腫れはじめた。
「この程度の力で女王なんてお笑い草ね!」
「やせ我慢してないで早く降参しなさいよっ」
――ばちぃぃぃん! バチィィン!
何度も往復する乳房。渾身の力を込めて振るわれるため、すれ違いざまにぶつかり合う乳首が取れそうだった。素人目には互角だが、中継を見守る乳道戦士たちは香織の有効を認めていた。結城萌美の乳首が立っていたのだ。あんなに頑強だった乳首が。
最後の一撃とばかりにスイングした両者の乳房が派手な音を立てた。痺れていたところに大打撃をくらって香織の顔が歪む。萌美も激痛をこらえるように前かがみになった。
だが不屈の闘志で睨みあう挑戦者と女王。再びおっぱい相撲の気配を察知した香織が胸を張ると、萌美が手四つせずJカップを突進させてきた。
(な……)
そう思った時には後ろによろめいていた。悲鳴を上げるギャラリーの支えもむなしく、香織は仰向けに倒れ込んだ。
「じれったいから決着(ケリ)をつけてあげる」
萌美が香織に覆い被さってJカップを顔面に押しつけた。空いた手では抵抗されぬよう、香織の両手首を万歳させた格好で押さえつける。乳道の寝技《縦乳四方固め》だ。足をバタつかせる香織も、四つん這いで降参を迫る萌美もパンティ全開だが色気は微塵もない。
「んむぐぐぐっ……! ひひょうおっ」
「なにが卑怯なのよ。躱せなかったあんたが無能なだけでしょ? さあ早く降参しなさいよ。『私が疎かでした』って土下座して」
香織は懸命にもがいたが女王の寝技は練度が高すぎた。逃れようと顔を背けても、それに合わせてJカップを移動させてくる。息苦しさにもがけばもがくほど体力を奪われた。結城萌美のバストは圧殺も得意らしい。
「そのまま勝ってください!」
「絞め落として!」
女王の優勢を悟ったギャラリーが声援を送る。それが余計、香織のメンタルを殺いだ。
(負けない……眞理子先輩に絶対に戦利品を渡すんだから!)
それでも戦意喪失しないのは、尊敬する先輩の顔が思い浮かんだからだった。乳道の世界に導いてくれた恩人。敗北の屈辱を味わって失意にある先輩。そんな憧れの人に自分まで惨めな結果を報告すれば、どれだけ落胆されることか。「香織は頑張ったよ。ありがと」と優しくねぎらわれるのが嫌だった。先輩にまた笑ってもらうために、この程度の寝技で降参するわけにはいかない。討死にするなら結城萌美と刺し違えてでも――。
殺人未遂寸前の縦乳四方固めの中で、香織は空気を求めるかわりに、結城萌美の乳首に喰らいついた。そしてありったけの力を込めて引っ張り吸う。真空パックするみたいに。
「無駄なっ……抵抗を……くっ――」
痛っ、とつぶやいて萌美が圧迫を緩めた瞬間、香織は手首の拘束を振りほどいて萌美を突き飛ばした。
今度は萌美が仰向けに倒れる。ギャラリーの何人かが巻き込まれて転倒した。香織はすぐさま立ち上がって女王に襲いかかった。美麗な顔に、横からIカップを押しつけて片足を持ち上げたのだ。プロレスでいえばカウントをうながす恰好。乳道にはスリーカウント制などないけれど。
「眞理子先輩にあんたのブラを持ち帰るって約束したの。降参するのはあんたのほう」
「ぐむむんぐぐ……んむぐふ!」
形勢が逆転して萌美がもがき始める。パンツ丸見えだ。ブラと同じ花柄のショーツどころか、お尻の割れ目もわずかに覗いている。香織も萌美も髪を振り乱していた。
「負けましたって叫んで! 眞理子先輩に非礼を詫びて!」
「結城先輩!」
と聖ブレスト女学園の生徒がひとり、いつの間にか上半身裸になっていた。女王の敗戦を見たくないばかりに加勢を買って出たのだろう。Cカップ程度のバストだ。
「勝負の邪魔は許さない。私が相手するから掛かってこい」
彩世が女子生徒の前に立ちはだかった。本気で阻止するつもりなのは行動を見ればわかる。たかがCカップ相手に服を脱いだのだ。警護官相手ですら着衣だったのに。
彩世の巨乳に一瞬怯んだ女子生徒だったが、萌美への忠誠心を優先させて、無謀にも彩世に突進していった。平均的なバストを持ち上げて。
勝敗はあっという間についた。彩世が突進を真正面から受け止めて、女子生徒を抱き締めたのだ。そしてGカップを押しつけると弄ぶようにおっぱい相撲の真似をした。女子生徒は瞬殺されて泣きべそをかいた。
「勇気は認めるがルールは守れ。結城萌美も喜ばない」
彩世が身体を離すと女子生徒が小さくうなずいた。
無謀な挑戦者がブラを着け直し終わった頃、戦況はあらたな局面を迎えていた。香織のホールドを跳ね返した萌美が、再び尻餅をついた香織に飛び掛かったのだ。
が、今度は仰向けの態勢を免れた香織。押し倒そうとする女王の攻撃を防ぐべく両手を暴れさせていた。窮鼠と猫の喧嘩みたいだった。
また手四つを組ませると萌美が力任せに香織を押し倒し、身体を香織の頭部へと移動させた。自然、香織の両手が捻じられる恰好になる。関節の悲鳴に耐えているところに萌美の身体がのしかかってきた。《上乳四方固め》だ。
「もう許さない。逮捕されてもいいからあんたを窒息死させる。尊敬されるこの私に恥ずかしい姿をさせたんだもの、その罪は万死に値するわ」
「やれるものならやっへみなはいよ」
「死んで! ここで無様に死んで!」
恨みのこもった攻撃は容赦がなかった。乳首を吸い返す余裕もない。
だがさっきの縦乳四方固めより足が自由だった。香織は半端なシックスナイン状態で両足をバタつかせた。そして起死回生の反撃に出る。もし失敗すれば窒息するしかない。気絶して惨めな姿をさらすだろう。敵だらけのギャラリーの嘲笑にまみれて。
なんとか萌美の背中に両手を回すと、香織は床を踏ん張り、ブリッジする体勢に持ち込んだ。必死でそり返ってチャンスを探る。だが女王の押さえ込みは強固だった。何度も足が滑っては仰向けに戻される。酸素が不足して意識が遠のいてきた。
(眞理子さんのために……こんな女なんかに……絶対に……負けないんだから!)
最後の余力を振り絞って香織は抵抗した。身体が浮き上がって女王が焦る。必死で抑え込もうとするが反撃力のほうが強かった。均衡が破れて固め技が崩れる。
香織はもんどりうって横転した萌美の上半身に馬乗りになった。そして渾身の力を込めてJカップを掴みつぶす。破裂させる覚悟だった。
「痛いんでしょ!? やめてほしかったら負けを認めて! 眞理子先輩に謝って!」
鬼すら震える形相だった。
「なによ……こんな揉みつぶしくらい……なんでも、ない……」
「じゃあ殺してあげる。友達の前で負け犬になることね」
香織が縦乳四方固めをやり返した。Iカップのスライム乳を押しつけて息の根を止めにかかる。全力の揉みつぶしでダメージを受けた萌美には反撃する気力がなかった。
「ま、参ったってば……わかったわよ。あんたの忠誠心が本物だって認める」
結城萌美が香織の背中をたたいて負けを認めた。
ギャラリーの何人かがすすり泣き始めた。
***
……発車を知らせるベルが鳴り響くと間もなく、扉が閉まって電車が走りだした。ゆっくりと加速していく車輌と相対するように窓外の景色が流れていく。吊革に掴まる生徒たちが揺れる。中吊り広告が宣伝するようになびいた。
香織が結城萌美との死闘に勝利した翌日、女性専用車輌は再び聖フォレスト女学院高校が占有するところとなっていた。OLや聖ブレスト女学園高校の生徒もまじってはいるが、ほとんどが聖フォレスト女学院高校の生徒だ。勝負結果がSNSで拡散し、暗黙の席替えが起こったのだろう。
「なに考えてるの?」
再び指定席に座れることになった眞理子が訊いた。いや、正確にはかつての指定席ではなく新たな四人掛けのシートだ。眞理子を警護するように香織、彩世、そしてもうひとりの《乳比べ四天王》である絵梨奈が座っている。
「結城さんに勝利したらちょっと虚しくなっちゃって。勝ってよかったのかなって」
香織は窓外を眺めた。
「それは乳道戦士のポテンシャルが有り余ってる証拠よ。香織はもっと強くなりたいの。強敵と闘い続けて経験値を積んで、自分の実力を限界まで成長させたい。虚しさを感じるのは結城さんレベルを卒業したせい」
「なんかスーパーサ○ヤ人みたいですね」
香織が物憂げに微笑んだ時、車輌がざわついた。見れば、その結城萌美がたったひとりで近づいてくる。再リベンジか、と車内が緊張した。
「結城萌美……」
眞理子がつぶやくと萌美が両手でバツ印をつくった。不戦の意思表示だ。
「今日は闘いに来たんじゃないの。これを眞理子さんに渡したくて」
敬称のある呼び名に全員が違和感を覚えた。萌美が手渡したのはブランドショップの紙袋だった。
「なにこれ?」
「勝負した時その……眞理子さんのブラジャーを乱暴に扱っちゃったから弁償しようかと思って――。デザインは気に入らないかもしれないけどサイズは同じだし……あの、乳道戦士どうしの仲直りっていうか」
萌美が照れたようにそっぽを向いた。
眞理子が包みを開けてみるとそこにはAngel Heartブランドのブラジャーが入っていた。J65。眞理子のサイズどおりだ。
「すごくかわいい。ありがと」
萌美はそっぽを向いたまま。
「座って。これをくれるためだけに来たんじゃないんでしょう?」
「うん……実はそのとおりなの」
気を利かせた絵梨奈が席を譲った。入れ替わりに萌美が座った。
「プライド女学院大学附属高校って知ってる?」
「知ってるわよ。隣県で一番勢いのある女子高だもの」
香織と萌美の闘いがストリーミング中継されたように、日本全国には乳道に邁進する巨乳女子高校生が多く存在する。それはアンダーグラウンドのコミュニティかもしれないが、自分の乳房を武器として至高の座を目指している女の子が大勢いるのだ。彼女たちの矜持衝突は女子大生になっても社会人になっても続く。今ではS学生やC学生でも頭角を現す存在がいるほどだ。
「それがどうしたの?」
「昨日、私の後輩がやられた。プライド附属高校のやつらに、二人掛かりで」
「……えっ」
「あいつら越境してる。こっちに侵出してくるつもりだよ。地元は併呑し終わったから」
「それ、一大事じゃない……」
萌美の言うプライド女学院大学附属高校は最近版図を拡大しつつある女子高だった。次々とライバル校を屈服させ、乳比べマップを塗り替え続けている。軍隊並みに統制の取れた指揮系統は乳比べ世界に変革をもたらしていた。総司令官は、たかだかFカップにもかかわらず人望と戦略に秀でた人物――確か美織とかいったはずだと眞理子は記憶を探った。
宣戦布告と同等の事態に、香織も彩世も絵梨奈も息を呑んだ。
「だから眞理子さんに加勢を頼みたいの。聖ブレスト女学園の戦力だけじゃ太刀打ちできない。眞理子さんの軍門にくだるから援軍を送ってください、お願いします」
萌美が深々と頭をさげた。
プライド女学院大学附属高校が越境してくるなら、戦略上、真っ先に狙われるのは聖ブレスト女学園だ。要衝として防壁の役割を果たしているのだから。そして萌美たちが降伏することは、すなわち乳比べ世界のミリタリーバランスが崩れることを意味していた。
……しばらく考えていた眞理子がつと口を開いた。
「冗談じゃないわ」
「……え」
「軍門にくだるとか笑わせないで。私と結城さんは――聖フォレスト女学院高校と聖ブレスト女学園高校はこれまでずっと良いライバルだったじゃない。それをいきなり殿様とか家臣とか格付けするのはやめて。今でも対等の関係だと思ってる、私は」
「それじゃ……」
「これは主従関係の確認じゃない。対プライド附属高校戦を前にしての同盟よ。喧嘩を売ってくるなら堂々と買ってやろうじゃない。やつらが――乳比べの双璧校に勝てると思ったら大間違いよ。返り討ちにして惨めな思いをさせてやるだけ」
「眞理子さん……」
眞理子が立ち上がり、車輌全体に声を張った。
「この場にいる全員に告ぐ! たった今、聖フォレスト女学院高校と聖ブレスト女学園高校は同盟関係を結んだ。迎え撃つのはただ一校、プライド女学院大学附属高校のみ! 各自、これまでの軋轢は水に流して敵の侵略に備えよ。乳道を目指す者は貧乳でも微乳でも戦力として歓迎する」
途端、両校の生徒たちが堰を切ったようにLINEアドレスを交換しはじめた。本当は仲良くしたかったのかもしれない。車輌全体が士気とお喋りに満たされた。
「一騎打ちする前にまさか仲間になるとはね」
と葛西彩世が微笑んだ。
「私も同感」
と結城萌美が握手を求める。互いにライバル視していながら、結局は闘うことのなかったふたりは、対プライド附属高校戦で多大な戦功を収める。それは香織も同じだった。
――矜持と友情とが結晶し、伝説がはじまる。
同盟関係を結んだ二校は、乳比べ史上に残る壮絶な迎撃戦を繰り広げた。
『矜持衝突 そして伝説へ……』了