Extra Pride2『矜持衝突 大いなる野望、ささやかな夢』
壁掛けの大画面テレビに映し出されるマップを眺めながら、美織たち数人の生徒は作戦の最終確認をおこなっていた。おととい、後輩数名に命じて県境を越えさせたところ、期待どおり聖ブレスト女学園高校の生徒ひとりを敗北に追い込んできた。ふたり掛かりでの急襲は少し卑怯に思えたが、向こうにこちらの意思を知らしめる目的は果たせた。これで結城萌美率いる聖ブレスト女学園高校は宣戦布告と受け止めただろう。他県への侵攻がいよいよ始まる。
――プライド女学院大学附属高校別館校舎三階。そこで架空の部活動を装っているのが同校《乳比べ総隊》だ。総司令官室を併設した司令本部には、軍議を催すためのブリーフィングルームや、諜報隊が情報を収集・分析するための情報管理ルームがある。個人プレーで刹那的な勝利を目指す旧弊に疑問を持った美織が、乳比べ世界に軍隊の思想を取り入れた結果だ。美織は刹那的な勝利ではなく、乳道で全国制覇を成し遂げるという大いなる野望を持っているのだから。
作戦参謀が画面をスライドさせて編制部隊の確認を始めた時、ブリーフィングルームのドアがノックされて諜報部員が入ってきた。慌てた表情をしている。
「ブリーフィング中、失礼致します。緊急のご報告があったものですので」
「なにかしら?」
と美織は回転椅子ごと振り向いた。
「昨日、聖フォレスト女学院高校と聖ブレスト女学園高校が同盟関係を結んだとのことです。我らの宣戦布告に対し、共同戦線を張ることにした模様です」
将校たちがどよめいた。信じられない、といった様子でボブヘアーの生徒が眉をひそめる。指揮官のひとりだ。
「両校は敵対関係にあったはず。確かなのか?」
「間違いありません。両校に友達がいる生徒から確認を取っています」
乳比べの双璧校と称される二校が手を結んだ。ブリーフィングルームにいる全員にとって急転直下の出来事だった。各個撃破するつもりだった敵が同盟関係を結んだとなれば、作戦立案の前提条件が崩れる。
言葉を失う将校とは対照的に、美織はなぜか嬉しそうな表情をしていた。
「それは光栄ね。手を組まないと私たちには勝てない――そう劣勢を認めた証でしょ? 何をそんなに怖れるのよ」
「ですが美織様。両校が同盟を結んだ以上、戦力差が想定と変わります」
「そうかしら? 確かに各個撃破はできなくなったし、緒戦に勝利後、結城萌美を指揮官に招聘して聖フォレスト女学院を討つっていう計画もだめになったわ。けれど同盟関係になったところで、私たちが警戒すべき敵将は変わらない。結城萌美、丹羽眞理子、葛西彩世、安藤絵梨奈……あともうひとりいたわよね、名前なんだったかしら?」
瀬名香織です、と諜報部員が言った。二校が同盟関係を結んだ経緯も。
「各個撃破が決戦に変わっただけのことよ。それに、向こうはこちらと違って組織立ってない。さすがに個人プレーはやめるんでしょうけれど、指揮系統は一朝一夕に確立できるものじゃないわ。絶対に混乱する。むしろ隙を衝くチャンスが生まれたと思わない?」
将校たちがうなずいた。さすが総司令官だ。
「……もっとも、作戦は考え直さないといけないわね。明日あさってに激突する可能性は低いから練り直してみましょう。報告ご苦労様」
美織が微笑むと、諜報部員が敬礼のかわりに会釈して立ち去っていった。
なんか面白くなってきた――。美織は密かに武者震いしていた。
***
(やっぱり私には向いてないのかな……)
別館校舎の階段に座りながら、波多野花梨はため息をついた。美織の人柄に惹かれて《乳比べ総隊》に入隊したものの、才能がまったく開花しない。日を経るごとに自信喪失していくばかりだ。
さっきも総隊仲間と鍛錬に臨んだら、セーラー服の上からおっぱいをくっつけ合っただけで降参してしまった。ムニムニと押されて感じてしまったのだ。負けをごまかすように笑うと先輩にどやされた。乳比べは百合プレイじゃないんだぞ、と。
貧乳だからしょうがないもん――とみずからに言い訳する自分が嫌だった。乳道の頂点なんかどうでもいい。少しでもいいから美織先輩の役に立ちたい。それがささやかな夢だ。
「トレーニングは終わったの?」
花梨が頬杖をついていると声をかけられた。見れば美織がすぐそばに立っている。副官の生徒を連れていた。
「あ……いえ、ちょっと休憩です。全然サボってるわけじゃ」
花梨は慌てて立ち上がった。
「そう。ならいいの。遊び半分で乳比べする隊員は必要ないから」
じっとこちらを見つめてくる憧れの先輩に、花梨は疑問を覚えた。
「あの……どうして私が隊員だってわかったんですか。美織先輩とは話したこともないのに」
「波多野花梨、普通科一年二組環境整備委員。プライド附属中学の出身で趣味はスイーツの食べ歩き。乳比べ総隊に入隊したのは一カ月前で、動機は私に憧れていると同時に、自分の貧乳に自信を持ちたいと思ったから。バストサイズは78センチのAカップ。……知ってるわよ。隊員を把握するのは総司令官として当たり前だもの」
瞬間、花梨の心に感激の衝撃波が押し寄せた。腹心でもなんでもない、Aカップ程度の新兵を知ってくれていたなんて。趣味や動機までも把握してくれていたなんて。
「あ、ありがとうございますっ」
花梨は体前屈並みに頭をさげた。
「乳道が自分に向いているのかどうか悩んでる顔ね。私にも経験あるわ。想像以上に厳しい世界ですぐ自信を失うの。甘く考えていた自分が馬鹿だったなって」
美織が同情するように微笑んだ。
「でも美織先輩は県下を併呑されたじゃないですか。すごいと思います!」
「乳比べに軍隊様式を導入すればいいのかなって天啓があったからよ。あなたも自分なりの得意分野を見つければいい。貧乳には貧乳にしかできないことがある。乳比べは決して巨乳爆乳だけの特権じゃないわ。誰もが参戦できる寛大な世界なの」
階段を下りていく総司令官の背中に、花梨は懸命の声をかけた。
「……特訓してください! お願いしますっ!」
本館校舎南棟――体育館ピロティ。隊員たちがよくトレーニングに使っている場所だ。体育館からはバスケ部やバレー部の練習音が聞こえてくる。
「ここでいいわ。あなたの実力を見てあげるから好きなように掛かってきて」
美しい髪をポニーテールに結うと美織が言った。総司令官の登場に他の隊員たちがトレーニングを中断する。なにが始まるのか興味を惹かれたのだ。美織の胸を借りられる機会はそうそうない。
花梨は気持ちを落ち着かせるように小さく深呼吸すると、Aカップを両手で持ち上げて突進していった。78センチを少しでも大きく見せる工夫だ。
美織は避けなかった。堂々と正面で受け止めて、そして何もしない。跳ね返すことも、おっぱい相撲に持ち込むことも。
花梨は懸命に押し込んだ。Fカップの防御力は想像以上に強固だった。プニプニ感いっぱいなのにほとんど潰れない。これが練度なんだと花梨は悟った。
おっぱい相撲の相手すらしてくれないので、花梨は半ば自棄気味にセーラー服を脱いだ。買ったばかりのブラジャーを脱いでちっぱいをさらす。大きさは自慢できないけれど乳首は自分でもかわいいと思う。左の乳輪のすぐ下に小さなホクロがあった。
――と。無言のまま、憧れの総司令官も生乳を出した。セーラー服とブラジャーを一緒に捲る恰好で。隊員たちが慌ててスマートフォンで撮影しはじめた。美織のおっぱいを待ち受け画像にするのかもしれない。研究材料にするのかもしれない。
乳首どうしをくっつけ合えば……というささやかな作戦をひらめいて、花梨は美織の乳首に自分のそれを押しつけ、身体を左右に振った。健気な突起がFカップを攻撃する。
瞬間、花梨は背中を抱かれた。えっ……と戸惑った時にはもうAカップが見えなくなっていた。美織が乳房を押しつけ、全力で反撃したのだ。恐怖心から戦意を喪失し、花梨は降参を宣言した。屈辱を感じる暇すらなかった。
「なるほど。わかったわ」
Fカップを離した美織が服を着直し、うなずく。
「あの……どこがダメなんでしょうか」
花梨はちっぱいを出したままだ。バスケ部員がタオルで汗を拭きながらこちらを見たが、足を止めることはなかった。乳比べ総隊のトレーニング風景は見慣れている。
具体的なアドバイスを待った花梨だったが、憧れの総司令官は一言こう言うだけだった。
「……波多野さん。あなた乳比べで勝ちたいの?」
***
『乳比べで勝ちたいの?』
そう美織に指摘されて花梨はますます混乱した。乳道に足を踏み入れた以上、勝ちたいに決まっている。……いや勝ちたいんだろうか? 頂点の座に興味はない。自分は美織先輩の役に立てればいい。
何日も悩み続けた頃、突然、花梨の頭に答えが浮かんだ。「あっ」と思わず大きな声を出して授業を中断させてしまった。
(そっか……私は乳比べで負ければいいんだ!)
巨乳爆乳が掃いて棄てるほどいる乳道世界で、Aカップが勝利できる確率はゼロに近い。だったら勝利を目指すだけ無駄だ。変なプライドも要らない。その代わり闘って負けることで相手のおっぱい情報を収集できたら。敵を慢心させることができたら。
(美織先輩の役に立てる! 貧乳にしかできない得意技で!)
自分の存在価値を再認識した花梨は、矜持の高揚を感じていた。
……それから花梨は聖フォレスト・聖ブレスト同盟軍の生徒に果敢に勝負を挑み、惨敗しては貴重な情報を司令部に持ち帰った。結城萌美や葛西彩世といった猛将以外にも要注意の乳道戦士がいると判明したのは、ひとえに彼女の功績が大きい。
乳比べ史上に残る壮絶な侵攻作戦、迎撃戦は始まったばかりだ。
花梨は諜報部の隊員として、今日も放課後、前線に乗り込んでゆく。
『矜持衝突 大いなる野望、ささやかな夢』了