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『矜持衝突』改訂版・続編 小説  Angel Heart  - 21/6/9(水) 14:02 -

      妄想寄稿『矜持衝突・改訂版』

 エアブレーキの音が響き、構内アナウンスが流れるとすぐ電車のドアが開いた。
 眞理子は降車する数人の乗客と入れ違いに車内に乗り込み、いつものように指定席に向かった。時間帯が通勤・通学ラッシュ時とはいえ、聖フォレスト女学院高校で皆から崇敬されている彼女は、暗黙の了解で空けられたシートに腰を据えることができるのだ。それは乗客の九割が同じ学校の生徒で占められる女性専用車両ゆえの特権だった。
「おはようございます」
「おはよ」
「眞理子先輩、おはようございます」
「おはよ」
 会釈と共に次々と後輩から掛けられる言葉に、眞理子はいちいち返事をした。
 崇敬される人間は不遜であってはならない――。眞理子はそれを自戒としていた。たとえ《乳比べ勝利数》のランキング王者だとしても、その地位に胡坐(あぐら)をかいていてはいずれ人望を失う。尊大になった覇者が自滅していった例は歴史上無数にあるのだ。
 数十名の女子高生で埋まる車両。デオドラントの香りが立ち込める車内。
 だが眞理子は、自動的に通り道がつくられていく人ごみを進みながら、普段とは違う空気を感じていた。指定席に向かってゆくなかで、次第に後輩たちの声が弱まり、何かに怯えているような印象を受けたのだ。まるで自分だけが何も知らされていないかのように。
 答えがわかったのは指定席のある横掛けのシートに辿り着いた時だった。

「……で、これがその時に撮った写真。結構かっこいいでしょ?」
「嘘!? こんなイケメンが来るってわかってたら、私もカラオケ行ったのに」
 眞理子が座るべきはずの座席に、違う制服を着た女子生徒が座っていた。
「ねえ、ちょっと」
「この人とは一応、アドレスも交換して何回かLINEもやってて」
「聞こえてんの? あんたに言ってんだけど」
 眞理子の語気がふと強くなった。後輩や友人たちが見ている手前、無視されたことに軽く自尊心が傷ついたのだ。聖ブレスト女学園高校の制服を着た生徒がやっと眞理子の存在に気づいた。
「え? なに? 私?」
「その席、私が座る場所なんだけど。どいてくれない?」
「……は? いきなり意味わかんないし。『どけ』だって」
 眞理子はムッとした。車内に険悪なムードが漂い始める。
「そこって私がいつも座ってる席なの。邪魔だからどいてってば」
「そんなこと言われてもさ、別に聖フォレスト女学院専用とか書いてないじゃん。座りたかったら他の場所に行けば?」
 眞理子の矜持が傷ついた。相手が同じ学校の生徒なら、非礼を詫びて彼女に席を譲るところだ。が、セミロングの女はいっこうに席を譲らない。それどころか眞理子の存在など意に介さないように、目線すら合わせなかった。眞理子が聖フォレスト女学院の《比べっこクイーン》だとしても、それが他校には通じない証だ。
 眞理子は鋭い視線で女を見おろした。
「どけって言ってんのが聞こえないの? 貧乳」
 反応したセミロングが眞理子を睨み返す。
「そんなにどいて欲しかったらそれなりの頼み方ってあるんじゃない? いきなり『どけ』とか『私の席だ』とかって、あんた何様のつもり?」
 険悪な空気が一気に拡大する。ベルが鳴って電車が走り出した。
「ブレスト学園の連中に礼儀なんて要らないの。ここは私の座席。学校中から崇敬される人間の指定席なの。つべこべ言ってないで早くどいて。このぺちゃパイ」
 胸をなじられることが女の沸点だったらしい。吊革に掴まって立ち上がると臆することなく眞理子と対峙した。膝に抱えていたバッグがよけられてみれば、眞理子並みに盛り上がるブラウス。

「ひょっとしてあんたが丹羽眞理子?」
「だからなによ」
 相手の口から自分の名前が出たことに、眞理子は一瞬だけ戸惑った。
「一度会ってみたいと思ってたけど、まさかこんな場所で遭うとは思わなかったわ。みんなから尊敬される比べっこ四天王さんなら知ってるわよね。結城萌美って名前」
 車両中がざわついた。結城萌美といえば、聖フォレスト女学院高校にもその名が響き渡る、聖ブレスト女学園高校の比べっこクイーンだ。女学院ほど厳密な格付けはないものの、それでも女子高ゆえのランキング校風が聖ブレスト女学園にも存在する。部活の対戦相手、学校の保健医、ランジェリーショップの店員、OL、そして聖フォレスト女学院の生徒――と、結城萌美が斃した巨乳は数え切れなかった。隠密裏に勝利を稼いでゆく強敵の存在に《比べっこ四天王》たちは密かな脅威を感じていた。
「その顔だと知ってるみたいね。……私がその結城萌美。たった今、聖フォレスト女学院の比べっこ四天王に挑戦状をたたきつけたところ」
「それってここで勝負するっていう意味かしら?」
「それ以外の意味に聞こえたのなら、あんたの国語力が皆無っていう証拠ね。巨乳の威厳が傷つくから馬鹿はもっと勉強して」
 聖フォレスト女学院の生徒たちが息を呑む。眞理子に対してこれだけの口が利ける女を見たことがなかったからだ。
 宣戦布告の急報を知らせる伝令が数人、他の車両に移動し始めた。
「馬鹿はそっちでしょ? さっきから聞いてればイケメンだとかLINEだとかコンパごっこに盛り上がったりして。おっぱいを餌に男を釣ると同輩の品位が傷つくから、お願いだから死んで」
「それって嫉妬? もしかして比べっこ四天王さんって彼氏なしなの? モデル並みの美人だってもてはやされてるくせに」
 打てば響く問答に眞理子の矜持が挑発されてゆく。
 彼氏なしの劣等感をなじられ、思わず眞理子は激昂した。
「私のJカップに相応しいのはそれなりの男だけよ」
「Jカップはあんただけの特権じゃないってば!」

 唐突にぶつかる二つのJカップ。眞理子が胸を張ると同時に萌美もバストを強調したのだ。互いにフルカップを透けブラさせながら、ブラウス越しにふくらみを押しつけあう。
 盛り上がったブラウスがあっという間に凹み、巨大な乳房が力学の法則に従った。眞理子が押せば萌美が押し返し、萌美が押せば眞理子が押し返した。
 作用・反作用の法則に従い、ふたつのJカップが潰し、潰されあう。
「口ほどにもないわね。あんたの胸、ほんとにJカップなの?」
「あんたこそ四天王なんか返上しなさいよ! こんな貧弱な胸なんだから!」
 吊革から手を放した萌美が、全体重をJカップにのせて眞理子を押す。
 眞理子はその圧力を返り討ちするように、思いっきりバストを前に出した。
 がっぷりよつのおっぱい相撲は埒が明かない。互いに胸を押しつけ合えば押しつけ合うほど、ブラジャーがズレてゆくのが透けて見えるだけだ。
 車窓の外で景色が流れてゆき、生徒たちが勝負の行方を見守る。
「カップは同じでもトップサイズは私の方が大きいの」
「なによ。私の胸囲なんか知らないくせに!」
 ぶちっ……ぱちんっ、ばちっ……と、ふたりのブラウスからボタンが弾け飛んだ。純粋なトップサイズだけを競うように、眞理子と萌美が最大限に胸を張ったのだ。それは爆乳ゆえにできる示威行動だった。
 ボタンが吹っ飛んだブラウスの隙間から、眞理子の豊満なバストと花柄のブラが、萌美の深すぎる谷間と淡いピンク色のブラが覗き見える。
 成長期のプライドを賭けた女同士の戦い――。
「シンプルで清楚なブラね。ブレスト学園の女って言ったら、もっと派手で遊んでるイメージがあったんだけど」
「あんたこそ花柄なんてかわいいじゃない。男の目を気にしていつも勝負下着なんだ」
 毒のこもった褒めあい。第2ラウンドの始まりだ。おっぱい相撲で勝敗がつかなかった場合、相手を褒め称えたうえで挑発することがある。

「Angel Heartブランドのオーダーメイドブラ、J70」
「Forest of Breastブランドのオーダーメイドブラ、J65」
 ボタンが弾け飛んだブラウスを脱ぎ、互いにブラのメーカーとサイズを言い合う。これもルールだ。正々堂々と決着をつけるため、サイズは正直に伝える。言わば合戦における武士どうしの名乗り合い。卑怯な真似はしない、と。
 ふたりは背中に手を回して三段ホックを外すと、巨大なフルカップを取り去った。
 どちらも大きくU字型に垂れさがるバスト。眞理子のそれは重たく柔らかそうな印象を与え、萌美のそれは色白で張りと弾力のある印象を与えた。眞理子のJカップが圧殺に特化した爆乳なら、萌美のJカップはおっぱいボクシングに特化したバストだった。
「四天王の頂点に立つランキング王者さんなら、当然、こんなことは朝飯前よね?」
 左右の乳房を持ち上げた萌美が、自らの乳首を交互に舐める。《セルフ舐め》という、爆乳ゆえに可能な基本技で、相手の技量を測る意味合いがある。
 眞理子も重たげな乳房を持ち上げる。
「馬鹿にしないで。セルフ舐めくらいなんでもないわ。れろれろれろ。ちゅぱっ」
「両方の乳首を同時に舐められるの? れろれろ、ちゅぱっ、ちゅぱっ」
「あんたみたいに俯かなくてもできるわよ。おっぱいを手前に折り返せば届くんだもの」
 れろれろ……ぺろぺろと、眞理子は掴んだ乳房を折り曲げて平然と乳首を吸った。萌美のように顔を俯けなくても、真正面を向いたままセルフ舐めができる。
 貧乳にとっては不可能な、けれど爆乳にとって基本的な特技の応酬を、周りの生徒たちは驚愕と羨望の眼差しで見つめていた。

 宣戦布告の急報を聞いた野次馬たちが、人ごみを掻き分けて車両に殺到する。
「セルフ舐めなんてつまんないわ。あんたがほんとにブレスト学園の比べっこクイーンなら、もちろん、両方の乳首を擦り合わせられるんでしょ?」
「当然よ。見下してもらっちゃ困るわ」
 眞理子の挑発に乗るように、萌美は持ち上げた乳房を内側に折り、左右の突起を擦り合わせた。自らの乳首で自らの乳首を刺激する《セルフ合わせ》だ。
 が、いかんせん張りと弾力が強いためか、重ね合わせるのに少し手間取る。
「慣れてないみたいね。自信たっぷりの口振りだったくせに」
「ここまでの対決に持ち込む前に、大抵の挑戦者は私に白旗を揚げてたから。セルフ合わせに慣れてるなんて、逆にいえばあんたの胸が貧弱な証拠でしょ?」
「減らず口を! ほんとのセルフ合わせはこうやるのよっ!」
 萌美の逆挑発に乗せられた眞理子が、持ち上げた乳房を折って乳首を擦り合わせた。
 くすんだ桜色の突起が激しく擦れ合い、その音すら聞こえそうな勢いだった。
 萌美が一瞬だけ怯み、眞理子の高速セルフ合わせに目を見開く。
 わずかに眞理子がポイントを稼いだ。しかし圧倒的な差ではない。
「乳首立ってんじゃないの! セルフ合わせで!」
 むにゅっ、と、いきなり萌美が眞理子のバストに向け、張りと弾力のある乳房を押しつけた。現役女子高生のふくらみが押しつけ合わされ、若い盛り上がりが柔らかそうに潰される。
 ――第3ラウンド。生乳と矜持とが衝突し、第1ラウンドより激しい攻防が繰り広げられる。直に乳首が触れ合うおっぱいレスリングでは間違っても乳首を立たせてはいけない。それは相手の攻撃に屈した証拠であり、かつ自分の胸が貧弱な証拠なのだから。
 声を殺して見守る野次馬たちのなかで、比べっこ女王の冠を戴くふたりの覇者は、互いのプライドを賭けて頂上決戦を加速させた。

「ほら……張りのあるJカップって押しつけられると痛いでしょ? あんたの胸、私のバストに潰されてるわよ。やせ我慢してないで早く『痛い』って叫んだら?」
「笑わせないで。私のJカップは柔らかいの。潰されてるんじゃなくて受け止めてるだけよ」
 萌美が美白の爆乳を押しつけると、眞理子は少し顔を顰めてそれを押し返した。
 正直なところ、萌美の張りと弾力は強い。プリンにマシュマロがあてられているような感覚があった。けれど迂闊に「痛い」と叫んではそこで勝負は終わりだ。比べっこ女王の威厳は引き裂かれ、眞理子は過去の偉人になるだろう。それだけは許せなかった。
「往生際が悪いのね。さっさと負けを認めれば楽になれるのに」
 自分の優位を悟った萌美が意図的に左右の乳首を眞理子のそれに合わせる。敏感な突起を攻撃することで、ポイントの差を一気に広げようとしたのだ。
 現役女子高生の乳首どうしが擦れ合い、互いの神経に電流が走る。性感体を真っ向から攻める乳首合わせはハイリスク・ハイリターンの勝負技だ。相手が乳首を立たせれば一気にポイントが稼げ、反対に自分が乳首を立たせてしまえば一気に差を縮められてしまう。
 萌美はその危険な賭けに出た。
 しかしそれは眞理子の戦術範疇だった。
「素人ね。それでも優位に立ったつもり?」
「何がよ!」
「経験値が低いくせに、いきなり乳首合わせしてくるなんてあんた馬鹿じゃないの? 私のバストは何度も修羅場をくぐり抜けてるの。貧乳相手に勝ち続けて自惚れるあんたの胸と違って、私のJカップは比べ勝負に順応してる。乳首合わせで突起しない冷静さと、男に抱かれた時に突起する感度を使い分けられるのよ。あんたの攻撃なんかなんでもないわ。――ほら、その証拠に乳首が立ってきてるのはどっちかしら?」
 張りのあるバストに圧されているはずのふくらみは、依然として平静さを保っていた。
 一方で優位に奢った萌美の乳首は、いつの間にかつんと上を向き始めている。
 萌美の頬が引き攣った。
 野次馬たちが無言のエールを眞理子に送った。

 激昂した萌美が左右の乳房を持ち上げ、眞理子の左胸を挟んだ。
 眞理子も萌美の左胸を挟み、ありったけの力を振り絞って相手のJカップを潰す。
 歯車がかみ合うような爆乳の挟み合い。文字通りのパイ挟みと言っていい。
 おっぱいがおっぱいを挟み、乳房が乳房を挟んだ。真正面から押しつけ合うより痛覚に訴える。愛撫ではないからつねられる感覚に近いのだ。
「それでも潰してるつもりっ……!」
「これからが本気よ!」
 ふたりの顔は拮抗する痛みに歪んでいた。相手のJカップを圧迫すればするほど、跳ね返ってくる圧力は大きくなる。二次性徴のあの痛みを――ふくらみかけの胸を押された時のあの痛みを、何倍にも何十倍にも増幅させたような激痛が続いた。
 眞理子が乳房を交互に揺すって摩擦すれば、萌美も同様の方法で報復する。
 車内はしんと静まり返っていた。誰もが壮絶な光景に気圧(けお)されていた。

 やがてJカップどうしのパイズリ合いは小康状態に陥り、どちらからともなく乳房を振るった。体を大きく捻った勢いで放たれた乳房が、遠心力を味方につけて衝突する。
 ばちんぃッ! バチぃぃん――っ!!
 Jカップのおっぱいボクシングは途轍もない迫力だった。もはや凶器と化した乳房が互いのそれを引っぱたき合い、乾いた音が車両中に響き渡る。
 眞理子のやわらかなバストが弾性力を誇示すれば、張りのある萌美のふくらみは運動エネルギーを主張した。巨大な水風船どうしをぶつけ合っているようだ。
「あんたのバストなんか!」
「早く『痛い』って喚きなさいってば!」
 ばちんぃッ! バチぃぃん――っ!!
 眞理子の乳房が波打つ。萌美の爆乳が揺れた。
 渾身の力を込めた何往復ものぶつかり合いで、ふたりの乳房が赤く脹れ始める。すれ違いざまに時折ぶつかる乳首どうしが、強烈な摩擦感に耐えられず硬く突起していた。
 それでも女王の冠を戴くふたりの覇者は、己のプライドに賭けて一歩も引かない。この勝負は学校の名誉を賭した一騎打ちなのだ。ランキング王者としての責任感と自尊心とが敗北という文字を認めない。
「これでどうっ!」
 勢いよく体を捻った反動を利用し、眞理子が最大の遠心力を込めてJカップを振るう。
 しかし萌美がふと返り討ちをやめて上体を後方にそらした。
(あっ……)
 と思う間もなく、弧を描いて振り回された眞理子の爆乳が空を切った。
 そのままバランスを崩して転びそうになる。
「馬鹿な女!」
 一瞬の隙をついて、萌美が体勢を崩す眞理子に襲い掛かった。
 脹れた乳房を持ち上げてライバルの顔に飛びついたのだ。
 フォレスト女学院の生徒たちが悲鳴を上げた。
 満員電車の人ごみに眞理子が倒れ込んだ。
「いつまでもおっぱいボクシングに付き合うと思ったら大間違いよ!」
「んんむ……ぐむむ……んんっ……!」
 通路を埋める後輩の体に尻餅をつくように、眞理子は体勢を崩している。
 萌美はそんな相手に問答無用で爆乳を押しつけた。
 美人ともてはやされる比べっこ王者の顔が深い谷間で苦しそうに歪む。周りの女子生徒たちは為すすべもなく混乱するだけだった。尊敬する女王がこれほど無残な姿を晒していることが現実とは思えないのだ。
 萌美もなりふり構ってはいられない。制服のスカートからパンツを見せた。太股も足もお尻も全部見せた。
「さっさとギブアップしなさいよっ。あんたなんか四天王の座に居られるほど強くないんだから」
「んんむ……ぐむむ……んんっ……!」
「ほら。早く負けを認めないと死ぬわよ」
 ぐりぐりと乳房を押しつける萌美。その目は負けん気を超えて殺気立っていた。
 眞理子が張りのあるふくらみから逃れようと、必死で顔を背ける。

「眞理子先輩!」
 やがていても立ってもいられなくなったのか、壮絶な闘いを見守っていた女子生徒のひとりが自らブラウスを脱いで加勢しようとした。余裕で平均値を超える巨乳を晒し、真剣な表情で飛びかかろうとしている。
 けれど眞理子は、そんな助太刀を一喝して拒んだ。
「ほっといて! あんたのFカップなんか邪魔なだけよ! これは私とこの女との勝負なんだから、余計な真似はしないで!」
 言葉を失う女子生徒。
フォレスト女学院の生徒たちがどよめいた。
 自分たちが尊敬する女王が、ライバルの谷間を押し退けて立ち上がったのだ。
 ガタン……ゴトン……と、等速で揺れる電車が長いトンネルに入り、萌美をシートに突き飛ばす眞理子の姿が車窓に映った。
 不意の反撃を食らったブレスト女学園のクイーンが座席に座り込んだ。
「圧殺なら私の方が上よ。フォレスト女学院のランキング王者を舐めないで」
「んんむむんぐ……んんむ……んぐむぐ――!」
 圧殺に特化したJカップと車窓とに顔を挟まれ、セミロングの爆乳美少女は声にならない声を上げた。
 のけぞったり顔を背けたりして窒息から逃れようとするが、眞理子の乳房は半端な容積じゃない。萌美の顔面を容赦なく潰し、視界をことごとく奪った。それは男なら幸せな時間でも、プライドを賭けた闘いでは屈辱の時間だった。
 完全アウェイの萌美が、秘めた力を一気に爆発させる。
「こ、こんな圧殺なんて――!」
 きゃあっ! と、再びギャラリーたちが悲鳴を上げた。萌美が眞理子を突き飛ばしたのだ。
 後方に吹っ飛ばされた女王を後輩たちが抱きとめる。
 萌美が眞理子の顔面をまた圧迫し返した。
「んんむ……ぐむむ……んんっ……」
「死んで! お願いだからフォレストの四天王は死んで!」
「んんむ……んむむんぐむむ……んんぐ……」
「私だけが比べっこクイーンなの! 覇道は邪魔しないで!」
「んんむ……んむむんぐむむ……んんぐ……」
 顔中の血管が締め付けられるのが分かり、眞理子は息苦しさに悶えた。本気で死にそうな殺意を感じた。汗ばんだライバルの肌がこれでもかと密着してくる。
 萌美が豊満なJカップで、眞理子の顔ではなく爆乳を圧迫した。
「痛い? 痛いんでしょっ!」
「……っ……た……ぃ」
「聞こえないわよ。はっきり言って」
 けれど眞理子は挫けそうな心をもう一度だけ振り絞り、差し違える覚悟で萌美の爆乳を押し返した。

 全力の潰し合いに巨大なふくらみはひしゃげ、どれだけの圧力が掛かっているか野次馬たちに示す。巨大な餅を重ねて体重をのせれば、おそらく今の光景が再現できるだろう。
 萌美の顔も眞理子の反撃で歪んだ。
「あんたのバストなんか……っ」
 ゆっくりと、しかし確実に眞理子のJカップが萌美を押し退けてゆく。ランキング王者としての尊厳が、後輩や親友たちから送られる期待感に鼓舞されたのだ。
 だが最強のライバルは知略も有している。
「これがとどめよ!」
 フッ……と自ら進んで圧迫を解放すると、また眞理子の顔に飛びかかったのだ。
 張りと弾力のある乳房に視界を閉ざされ、眞理子は再び息ができなくなる。
「んんむ……んむむんぐむむ……んんぐ……」
「あんたなんか簡単に殺せるんだから!」
「んんむ……んむむんぐむむ……んんぐ……!」
「死んで! 『やめてください』って懇願して!」
 さすがに止めを刺すと豪語しただけあって、今度の圧殺にはなんの躊躇もなかった。
 ありったけの力を込めて眞理子の顔面を塞ぎ、ぐいぐいと乳房を押しつけてくる。
 殺人未遂だった。眞理子の呼吸が完全に止まる。
 威厳や尊厳を超越する生への執着が、眞理子を本能的なギブアップに導いた。
「わ、わはっはわよ……あんはのかひあっへば」
 右手で萌美の腰の辺りを叩き、柔道でいう降参の意思を示す。
 萌美が力を抜いて立ち上がった。
「さっさと白旗揚げればこんなに惨めにならなくて済んだのに」
「…………」
 眞理子は睨み返すのがせいぜいだった。野次馬たちが声を失い、静まり返った車両にどこからかすすり泣く声が聞こえ始める。
 床に放られた眞理子のブラジャーを萌美が手に取った。
「これ、戦利品にもらっていくから。今日はせいぜい、その貧弱な胸を晒しながらノーブラで過ごすことね」
 宣告される敗者の罰ゲーム。眞理子は何も言い返すことができない。
 車内アナウンスが流れた。
 現役女子高生の矜持を乗せた電車は、まるで何も知らないかのようにスピードを落とし始めた。

 丹羽眞理子敗北――!
 そんな衝撃的な報せが聖フォレスト女学院高校を駆け巡ってから一週間が過ぎた。
 眞理子はショックを隠しきれなかったが、だからといって学校を欠席することは尚更プライドが許さず、普段通りに通学した。
 廊下ですれ違う親友や後輩の視線はまったく気にならなかった、といえば嘘になるが、眞理子はこれまでと変わらずランキング王者として振る舞い続けた。結城萌美との闘いに敗れたとはいえ、学校での序列は変わっていないからだ。
 けれど眞理子はもはやあの車両には乗れない。まるで猿山を追われたボス猿のように、指定席がある車両へは戻ることはできなかった。
 噂では、眞理子が敗北してからあの車両の客層が変化したらしい。聖ブレスト女学園の生徒が車両を侵食し始めているというのだ。
 自分の責任だ、と眞理子は思う。だがたとえ再戦を申し込んだとしても、結城萌美には勝てないだろう。覇道を目指す心意気が違うのだ。最強のライバルは乳道(ちちどう)の志士だった。比べっこ勝負を通してそれを痛感した。
 結城萌美を倒したいが倒せないジレンマ。その思いに眞理子は苦悶し続けていた。

 エアブレーキの音が響いて電車が止まり、やがてあの車両のドアが開いた。
 眞理子は乗降車する人々を眺めながら、ホームのベンチに座ってそれを見送った。あと一本、いやあと二本遅い電車に乗ってもホームルームにはぎりぎり間に合う。結城萌美と顔を合わせるわけにはいかなかった。
「眞理子先輩」
 ふと声を掛けられて振り向くと、後輩の瀬名香織が立っていた。つい最近、《比べっこ勝利数》と《バストサイズ》で四天王に仲間入りした、Iカップの転校生だ。すでに王位継承者の有力候補に名前が挙げられている。
「香織か。おはよ」
「おはようございます」
 ふたりの間に意味深な沈黙が流れる。眞理子が敗北したことは香織も承知していた。走り去ってゆく電車に乗れない理由も充分に承知していた。
「結城萌美、いつもは次の電車に乗るんだそうです」
「え?」
「ブレスト学園にいる友達から聞きました。眞理子先輩と闘った時は、生徒会の仕事か何かで、偶然、一本だけ早い電車に乗ってたんだそうです」
突然、何を言い出すのだろう。今更あの日の勝負を話題にしたところで、何かが変わるわけではないのだ。
「だから今日は、次の電車に乗ればあの女に会えます」
「香織……?」
 後輩の言葉の意味がわからず、眞理子はIカップの後輩を見上げた。
 ブラウスから透けていたのは、後輩が勝負下着にしている黒いブラジャー。
 瀬名香織がふとつぶやく。
「眞理子先輩の仇(かたき)、私が取ってきます」
 刹那、その言葉に眞理子の心が震えた。目の前の後輩を頼もしいと感じた。
「ごめん……香織」
 無意識のうちに熱いものがこみ上げる。眞理子は唇を噛んで俯いた。

 ……エアブレーキの音が響いて電車が止まり、構内アナウンスと同時に車両のドアが開く。結城萌美が乗る車両は、すでに香織の知るところだった。
「じゃあ学校で待ってます。あの女のブラを戦利品に」
 戦闘態勢を整えた香織が、敬愛する女王に微笑んでから車両に乗り込んでいった。
 眞理子はベンチに座ったままその後ろ姿を見送った。
 ありがとう、と心のなかでつぶやきながら――。


                       『矜持衝突 改訂版』了

 ※引き続き続編『矜持衝突 そして伝説へ……』をお楽しみください。


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『矜持衝突』改訂版・続編 Angel Heart 21/6/9(水) 14:02 小説
『矜持衝突 そして伝説へ……』 Angel Heart 21/6/9(水) 14:43 小説
『矜持衝突 そして伝説へ……』 Angel Heart 21/6/9(水) 15:02 小説
Re:『矜持衝突 そして伝説へ……』 Angel Heart 21/6/11(金) 18:21
『矜持衝突 初めての勲章』 Angel Heart 21/6/13(日) 16:42 小説
Re:『矜持衝突 初めての勲章』 矜持衝突ファン 21/6/14(月) 1:49
Re:『矜持衝突 初めての勲章』 Angel Heart 21/6/14(月) 14:17
Re:『矜持衝突 初めての勲章』 Mr.774 21/6/15(火) 20:51
Re:『矜持衝突 初めての勲章』 Angel Heart 21/6/16(水) 9:56
『矜持衝突 大いなる野望、ささやかな夢』 Angel Heart 21/6/16(水) 17:04 小説
Re:『矜持衝突 大いなる野望、ささやかな夢』 松永先生 21/6/16(水) 18:10

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