■Episode2「上級魔法」
気分転換に遠出してみてはいかがですか――という主治医の助言に従って、久しぶりにコンビニ以外の場所を訪れてみた。仕事や人間関係のストレスが溜まりメンタルを崩したおれは、ここ数年、ひきこもり生活を送っていたのだ。自力では社会復帰できそうもないので通院したところ、何度目かのカウンセリングでそう助言されたのである。
訪れたのはアパートから車で一時間半近く離れた温泉。ネットで偶然見つけた場所である。大自然に癒されたいな、と思っていたおれは山歩きくらいしか想像していなかったが、ゆったり湯治するのが王道だと気づいたのだ。
フロントで入湯料を払って大浴場へ向かった。フロントというか帳場と表現したほうが似つかわしい眺めである。暗いし狭いし土産屋もない。待合用にぽつんと置かれたソファはあちこちくたびれていた。よくもまあこんなていたらくで営業を続けられるものだ。いくら山奥の秘湯とはいえ、秘湯は秘湯なりにやりようがあるだろうに。
男湯に入って湯船に身を沈めた。樋から浴槽に向けて源泉がかけ流れている。壁に貼られた効能表示によれば、腰痛、肩こり、関節痛、リウマチ、疲労回復、美肌などに効果があるらしい。ていうか温泉ってだいたいそうだろ。効能皆無の温泉があったら見てみたい。
能書きの成分表示(炭酸なんとかカルシウムとか硫化なんちゃらとか)に読み厭きたおれは、湯船から上がって身体と髪を洗った。他に客がいないので洗面器の音が反響するのが侘びしい。カコーン……カコーン。
シャワーを止め、そこで初めてその案内板に気づいた。矢印で露天風呂への経路が示されている。しかも混浴だ。男湯を抜ければ女湯と共有する空間があるという。
迂闊だった。危うく見逃すところだった。
期待感をふくらませながら露天風呂へ向かう。石畳を歩き、紅葉しはじめた山々を遠くに眺めた。曇天の風が火照った身体に心地いいが、それ以上に渓流の音が心を安らげた。これで下心まで報われてくれれば言うことないのだが。
(お、おお……!)
そんな願いを憐れんだのか、神様が最高の処方薬をくれた。瓢箪型の広い浴槽に数人の女性客がいたのだ。しかも全員守備範疇。童貞のまま魔法使いになったおれは、無為に過ぎ去ってしまい、また過ぎ去ろうとしている時間に縋りつくように性対象を拡げていた。S学校高学年から美魔女までだ。
(遠出してきてよかった……泣)
浴槽のへりに腰掛けていた女の子がおれの存在に気づいた。「あ、男の人」と。
他の女性客も振り向いたが、身構えるような素振りは見せなかった。そもそも裸を見られるのが嫌なら露天風呂に入らないだろう。
「あの……お邪魔じゃなかったですか」
おれは誰に対するともなく言った。
「邪魔じゃないよ」
ざぶんっと女の子が勢いよく湯船に浸かる。ふくらみかけの胸。丸みはじめたお尻。思いっきり見てしまった。羞恥心が身体の成長に釣り合っていないようだ。
「こら花音。静かに入りなさい。他のお客さんに迷惑でしょう」
波打つ湯船を押し戻しながら母親がたしなめた。今おれが思春期なら、絶対に初恋の相手とし、性の手ほどきを夢見た美魔女だ。
花音ちゃんが拗ねた様子もなくおとなしくなる。そんな微笑ましい光景を若い女性二人が眺めていた。大学生くらいだろうか。友達同士連れ立っての日帰り旅かもしれない。
……おれは遠慮がちに湯船に足を沈め、下半身が浸かる寸前にタオルを外した。気のせいか股間に視線が集中したような。まあ当然か。彼女たちにはない部位なのだ。
折りたたんだタオルを頭に抑えて天を仰いだ。正直にいえば花音ちゃんの身体を観察したい。女子大生のおっぱいを見比べてサイズを想像してみたい。いや何より、花音ちゃんのママに誘惑されてなし崩し的な童貞喪失を迎えたい。
だが理性的な紳士を演じなければならない以上、スケベ心を丸出しにするわけにもいかないのだった。
「ねえねえ、お姉ちゃん」
おれが悶々とのぼせかけていると、花音ちゃんが湯船から立ち上がって女子大生の方へ歩いていった。きれいな割れ目を想像していたら産毛が生えていた。
なに? と応えた女子大生二人が浴槽のへりに腰掛ける。ちょうどおれの対面にいるので、完成したバスト、生え揃った陰毛が見放題だ。旅の恥は掻き捨て、とでも言うように隠す気がさらさらない。
(……彼氏に揉まれてんだろうな)
タオルで髪を夜会巻きのようにまとめているのが推定Eカップ。相方のショートヘアが推定Bカップだ。どちらも美乳だが巨乳好きとしては夜会巻きに軍配を上げたい。揉ませてくれるなら相方に乗り換えるけど。
三人は小声で話していたので内容を聞き取れなかった。が、時々こっちをチラ見しながら含み笑いするので、おおよその見当はついた。おれのスケベ心を話題にしているのだ。花音ちゃんの人差し指がぴんっと上を向く。勃起のジェスチャーだろう。保健体育で習った男性器の現象をママに訊けないので、お姉さんたちに質問しにいったのだ。
(ああ勃起してるよ。フル勃起だ)
全裸のS学生、女子大生、そして人妻に囲まれて勃起しないほうがおかしい。花音ちゃんのちっぱいを見た瞬間から愚息は張りきっている。湯船を押しのけるくらいに。
花音ちゃんが照れくさそうに笑った。「勃起してるか訊いてみたら?」とでも吹聴されたのかもしれない。
想像どおりのガールズトークなら見せたい。見せてエム心を満たされたい。
ていうかまじでのぼせてきた。露天なのに大浴場より熱いぞ。
早々と立ち去るのも後ろ髪を引かれるので、浴槽のへりに腰掛け、火照った身体を冷ますことにした。フル勃起をご開帳すべきか迷ったが、こんな僥倖はもう二度とないので素直になる。第一、混浴でち○ぽを出したって犯罪じゃない。羞恥心の如何だ。
思いきって湯船から上がり、滑らかな縁石に腰掛けた。リクライニングするように身体を伸ばし、花音ちゃんたちにフル勃起を見せつける。そり返ったち○ぽに三人がはしゃいでいた。ガールズトークに一段と花が咲くというものだ。
(なんだこの爽快感……嬉)
うつに苦しんでいた心が洗われるようだ。
だが熱い視線は対面より隣から飛んできた。花音ちゃんのママが戸惑った様子で、けれど興味津々の眼差しでこっちをチラ見していたのだ。
「あ……花音ちゃんが驚きますよね」
今さら気づいたていでおれは言った。
「大丈夫です。あの娘もそういう知識はありますし、あっちでも教えてもらってるみたいですから」
長湯でのぼせたのかフル勃起で火照ったのか、花音ちゃんのママも湯船から上がり、少し離れた場所で縁石に腰掛けた。果実みたいにたわんだ巨乳は推定Gカップだ。経験豊富な乳首はパフィーニップル。このおっぱいで花音ちゃんが育ったと思うと羨ましくなる。おれも赤ちゃんみたいにチュウチュウしたい。
「あんまり自慢できるものじゃないですけど」
「ご立派だと思います」
クスッと微笑んだ顔が女神のようだった。どん引きするでもなく悲鳴を上げるでもなく、ただ優しくお世辞を言ってくれるとは。
お近づきになれた空気なので話しかけてみた。花音ちゃんと二人で温泉旅行らしい。そういえば男湯に他の客はいなかった。お父さんは仕事か、あるいはいない家庭なのだろう。
ママの視線がだんだん遠慮なくなってくる。すぐ隣に移動してくると、久し振りといった眼差しで股間を見やってきたのだ。
「やっぱり混浴で興奮するのってマナー違反ですかね?」
「そんなことないと思います。だって仕方のないことじゃないですか」
「奥さんの裸でこんなになってしまいました。すいません」
「どういたしまして。でも本当はあの女子大生二人で元気になったんでしょう? 若くて美人だもの」
「奥さんだって充分きれいじゃないですか」
「あら何も出ませんよ、そんなにおだてたって」
対面では花音ちゃんが勃起トークを中断し、お姉さんたちのおっぱいを触り比べていた。自分の胸が成長すると将来どうなるのか興味あるのだろう。Bカップのほうを指差したのは柔らかさを比べた結果か、それともどっちになりたいか選んだ結果か。
「もう……あの娘ったら」
「人見知りしないお嬢さんですね」
「誰にでも話しかけるからほんと心配。世の中には危険な大人がたくさんいるのに」
「同感です……って、勃起させながら言うセリフじゃないか。ハハハハ」
「あなたは安心です。そういう邪な気性を感じませんもの」
褒められたのか貶されたのか。これぞ高齢童貞の上級魔法《切ない波動》。女性に甲斐性を認めてもらえないという――。
ママが逆に質問してくるので正直に湯治の理由を説明した。
メンタルを患ったと話すと同情してくれた。将来の不安を語ると励ましてくれた。そして童貞だと告白すると、「くだらない価値観ですよね」と通俗を一蹴してくれたのだった。
性体験の多寡で男性の価値は決まらないという。当たり前のことだが救われた気がした。おれはおれのままでいいのだ。妖精になろうとも仙人になろうとも。
「あっちで呼んでますよ。行ってみたらどうですか」
ママが湯船に浸かり直してGカップを水面に隠した。向こうを見ると女子大生二人がおれを手招いている。花音ちゃんは浴槽のへりに両腕を載せ、ビート板に頼る人間みたいにお尻を浮かせて遠望を眺めていた。
「なに?」
おれはフル勃起を露出させながら歩み寄った。今さら隠してどうなるというのだ。
「近い近い近い近い……近いから!」
「呼んだのはそっちじゃないかよぅ」
「まじ上向いてる」
怪獣に迫られた乙女みたいに、夜会巻きたちが湯船をバシャバシャやって撃退する。じゃあ隠すよと言ったらつまんなそうにした。どっちだよ。
「花音ちゃんがいろいろ質問したいんだって。答えてあげて」
「何を?」
「わかってるくせに。さっきから見せつけてるじゃん、それ」
勃起のことか。そりゃ女子S学生には不思議な現象だろう。
花音ちゃんが振り向いた。
「それがぼっき?」
「驚かせてごめんね、興奮すると男の人ってこうなるんだ」
「だれに興奮したの? 花音? お姉ちゃんたち? ママ?」
「花音ちゃん」
無垢な眼差しに変にときめいた。救いようのないど変態だ、おれは。
「うっわ……まじヤバ。S学生で興奮するとかクズじゃん」
「通報するから」
言いつつどん引きしていない女子大生二人。経験からおれが童貞だと見抜いたのかもしれない。戯れに相手してあげるか、といった余裕の表情だ。
「痛そう」と花音ちゃん。
「痛くないよ。ほら」
おれは怒張するち○ぽを無理に抑え込んで手を離した。
ばちんっ、と腹にぶつかりそうな勢いで跳ね返る。「わ」と声にならない声で花音ちゃんが目を見開いた。夜会巻きたちも驚く。直後にウケて笑ってたけど。
「触ってみたい」
花音ちゃんがフル勃起に手を伸ばそうとした時、「花音」と背後から静かな怒気が飛んできた。ママがたしなめたのだ。見るのはいいけど触るのはだめって、殺生な。
花音ちゃんがおとなしく手を引っ込めた。S学生の手で触られたらどんな心地だったのだろう。ものの数秒で射精したかもしれない。
お触り禁止令が出されたので鑑賞会で我慢した。フル勃起を寝かせて三人にガン見してもらい、パーツを説明する。亀頭、棹、玉袋、海綿体、カリ、溝、裏筋――。
花音ちゃんが純真な瞳でいちいちうなずいていた。ちっぱいを見下ろせるし夜会巻きたちの胸も全開なので、調子に乗ってオ○ニーしようとしたら夜会巻きたちに叱られた。さすがにそれはダメだという。生おかずにされるのが嫌なのではなく、花音ちゃんの衝撃が大きすぎるというのだ。残念だけどちょっと反省。
代わりにおれは一生分の鑑賞会を満喫し、花音ちゃんたちが厭きたところで混浴を楽しんだ。眺望する紅葉がきれいだった。夜会巻きたちはサークル仲間だった。おっぱいもお尻も触れなかったけど、気がつくとそんな下心より一期一会の会話に心を癒されていた。
……やがてママが湯船から立ち上がり、花音ちゃんを連れて女湯へ消えていった。夜会巻きたちもすぐそのあとを追った。
たった一人残されたのに寂寥感を感じなかったのはなぜなのだろう。
「またね」
助手席のパワーウィンドウを開け、花音ちゃんがおれに手を振った。夜会巻きたちはとっくに出発したのか車は見えなかった。
「ありがと。楽しかったよ。また一緒に温泉入ろうね」
「うん、約束する。今度もいっぱいおちん○んのこと教えてね」
「こら花音……!」
ママが呆れたようにたしなめた。従業員が見送りに出ていたら目が点になるところだ。
SUVがウィンカーを点け、温泉宿の前の道路を左折して消える。おれのアパートとは反対方向だ。偶然交錯した人生は再び交わることがあるのだろうか。
(また、会いたいな)
花音ちゃんとママ、そして夜会巻きたちの顔を思い浮かべながらおれは静かに願った。
Episode2「上級魔法」END