妄想寄稿『矜持衝突 そして伝説へ……』(前編)
改札口へ続くエスカレーターに乗ると、瀬名香織は友人から届いたLINEを読み返した。夏服のブラウスを盛り上げる爆乳と透けている黒いブラジャー、それに膝上数十センチにまで上げられたスカートを見れば、誰だって盗撮したくなるだろう。けれど香織はそんな疚(やま)しい企みすら失せさせるほど殺気を漂わせていた。
既読>萌美先輩なら8時2分の電車に乗るよ。いつも三両目。けどなんで?
既読>7時47分じゃなくて?
既読>その電車に乗ったのは生徒会の仕事があったからみたい。あ……。
既読>ごめん、私、先輩の仇はとらないといけないから。
友人から届いた返信には知りたい情報がコンパクトに詰め込まれていた。結城萌美は8時2分発の電車の、しかも三両目に乗り込む。吉良上野介がいつ茶会を開くか知ったような、敵討ちのための絶対情報だった。
……香織の尊敬する丹羽眞理子が結城萌美に乳比べで負けたのは一週間前のことだ。転校生である自分を快く受け入れ、乳道(ちちどう)の志士としてのポテンシャルを見出してくれたことに香織は心から感謝していた。前の学校では「Iカップだからって調子に乗ってさ……」と理不尽な迫害に遭ってばかりいたのだから。
眞理子が敗北したのは、香織には自分のことのように衝撃だった。絶対に負けない、《乳比べクイーン》の座に居続けるだろうと信じていた先輩が惨めな結末を迎えたのだ。結城萌美に圧死寸前まで追い込まれ、ブラジャーを戦利品に獲られたという。車両の占有率が聖フォレスト女学院から聖ブレスト女学園に移ったのもそのせいだと言われる。
けれど香織は現状に甘んじるつもりはなかった。敬愛する先輩の仇を取り、再び車輌の占有率を母校に戻すつもりだ。それが、自分の存在価値を認めてくれた先輩への恩返しだと思うから。
「眞理子先輩」
ホームでひとりぽつねんと佇む先輩に香織は声をかけた。
「香織か。おはよ」
「おはようございます」
ふたりの間に意味深な沈黙が流れる。女子高生であふれる電車が走り去ってゆくが、それに眞理子が乗れない心理は、香織は痛いほど承知していた。
「結城萌美、いつもは次の電車に乗るんだそうです」
「え?」
「ブレスト女学園にいる友達から聞きました。眞理子先輩と闘った時は、生徒会の仕事か何かで、偶然、一本だけ早い電車に乗ってたんだそうです」
突然、何を言いだすのだろう。そんな怪訝そうな表情が眞理子に浮かんだ。
「だから今日は、次の電車に乗ればあの女に会えます」
「香織……?」
「眞理子先輩の仇、私が取ってきます」
途端、敬愛する女王の唇が震えた。滲む涙をごまかすように俯いた。
「ごめん……香織」
「そんな情けない顔しないでくださいよ。眞理子先輩はもっと堂々としてなくちゃ」
茶化すような言葉でふたりの間に笑みが戻り、他愛のない会話が続いた。
やがて8時2分発の電車がホームに滑り込んでくる。
「じゃあ学校で待ってます。あの女のブラを戦利品に」
戦闘態勢を整えた香織が眞理子に微笑んだ。
ありがとう、と大好きな先輩がささやいたように思えた。
香織が電車に乗り込んだ途端、三両目の空気が一瞬で重くなった。
(……何こいつ?)
(ここ聖ブレスト女学園専用の車輌なんだけど?)
(ひょっとして萌美先輩に勝負挑むつもりとか……?)
満員の車輌が白眼視に満ちる。かろうじて乗車できた聖フォレスト女学院の生徒たちは居心地が悪そうに身を縮めていた。
進路をわざとふさいできた女子生徒に向かい、香織は鋭い眼光を放った。
「どいて」
「あんた丹羽眞理子の後輩でしょ? 知ってるわよ」
「雑魚に用はないの。私が会いたいのは結城萌美だけ」
「きゃあ」
一瞬でIカップで突き倒し、女子生徒を転倒させる。貧乳が爆乳に勝てるわけがない。
「静かにしなさい。私たちが占有率を占めてるからって、ここは公共の場所なの。ちゃんとルールは守って。じゃないと聖ブレスト女学園の品位が落ちるでしょう」
気品ある口調でたしなめたのは他ならぬ結城萌美だった。
「あんたが結城萌美ね」
四人掛けのシートに結城萌美は座っていた。彼女を警護するように三人の女子生徒が腰掛けている。もちろん全員が聖ブレスト女学園の生徒だ。
ベルが鳴り、電車がゆっくりと走りだした。
「そうだけど、あなた誰?」
「私は瀬名香織。眞理子先輩の後輩よ」
「眞理子? ああ、あのJカップの面汚しか」
クスクスと周囲に嘲笑がもれる。
「先輩の敵討ちにきたの。私と勝負して」
「今日は闘う気ゼロなんだよね……百年経ったらまた来てよ」
ゼミロングの髪をいじりながら結城萌美が言った。
「怖いのね。自分より貧乳に負けるのが」
「怖いっていうかただ面倒くさいだけ。『先輩のために闘います!』とか安っぽい忠誠心見せないでくれる? 古くさい仇討ちドラマはあさってでやって」
しっしと手を振られ、香織の憤慨ゲージが跳ねあがった。いったい、この女をどう挑発すれば乳比べに持ち込めるのか。
「ところで……ぺちゃパイ連中を警護に従えてるなんて随分なご身分ね」
香織は攻撃の矛先を変えた。萌美より自制心のない取り巻き連中が色めき立つ。
「今何て言った?」
「だからぺちゃパイだって言ったの。聞こえなかったなら何度でも言ってあげるわ。ぺちゃパイ、ぺちゃパイ、このぺちゃパイ」
ショートヘアの、負けん気が強そうな女子生徒が立ち上がった。結城萌美を警護する役割ゆえ、彼女たちもそれなりに巨乳だ。ぺちゃパイと罵られて自尊心が傷ついたらしい。
「あんたなんか萌美さんが相手するまでもないわ。私が屠(ほふ)ってあげるから掛かってきなさいよ。どうせ私と同じGカップ程度でしょ」
「真緒。落ち着きなさい。その女はIカップよ。ブラウス越しに見てわかるでしょう」
「あ、Iカップ……」
真緒と呼ばれた生徒が怯んだ。
「どうするの? 威勢よく吠えた手前、まさか不戦敗なんて無様な真似しないでしょうね。私こそあんたを屠ってやるから勝負しなさいよ。結城萌美と闘う前のいいウォーミングアップになるわ」
一触即発の空気に車輌が沈黙する。
……ガタン、ゴトンと速度を増していく電車の中で、人混みを掻きわけてきた女子生徒がいた。真っ白なブラウスにギンガムチェックのミニスカート――聖フォレスト女学院高校の生徒だ。果し合いの空気を察知して駆けつけたらしい。
「香織。雑魚は私にまかせて。あんたは結城萌美との勝負だけに集中して」
「彩世先輩」
眞理子の腹心であり同校《乳比べ四天王》のひとりである葛西彩世だった。
「葛西彩世……!」
結城萌美の表情が一変した。その存在に一目置いていたらしい。
「乳道の志士として正式にお願いするわ。私があんたの取り巻き連中に勝ったなら、正々堂々と香織の挑戦を受けてあげて。仇討ちは誰にも邪魔する権利はない――それが乳道のルールよね」
「言わずもがなよ。葛西彩世の嘆願、確かに聞き届けたわ」
「まずはこのショートヘアのお嬢さんで、次にそこのちょいぽちゃ警護官さん。そのあとでEカップさんを葬る感じかしら」
余裕綽々のていで彩世が微笑んだ。
「そう上手く運べばいいけどね……ハ!」
真緒がいきなりブラウスを脱ぎ、ブラジャーを取り去って美巨乳をさらした。戦力の逐次投入ではなく最初から全軍を送るつもりだ。
戦術的には正しいが戦法的に間違っている。ブラウスとブラジャーを脱いだせいで防御力がさがるのだ。そのミスを衝いて彩世がおっぱい相撲に持ち込んだ。
「馬鹿な女」
……何してるのもう、と萌美も呆れ顔だ。
彩世のGカップと真緒のGカップが正面からぶつかりあう。彩世のバストが強靭な張りを有しているのに対し、真緒のそれはスライムのような柔軟性を有していた。ビキニ痕がくっきりと残っている。
「警護官さんの力ってこの程度なの? 大言壮語を吐いてた割に貧弱なのね。もう潰されちゃってるじゃない」
「受け止めてるだけよ。そんなこともわかんないの?」
確かに真緒は攻撃を受け止めていたが、いかんせん乳道の練度に差がありすぎた。彩世がぐいぐいと押し込むと真緒の両乳房がぺちゃんこに潰されたのだ。今にもパンクしそうなほどに。
しかたなく真緒が戦法を変えた。彩世とがっちり両手を組んで腕力に訴えたのだ。手四つなら多少の自信があった。相手を組み伏せてしまえば劣勢を挽回できる。
……はずだったが。
「素人ね。乳比べの手四つはこうするのよ」
組まれた手を彩世が左右に大きく広げた。途端、ふたつのGカップが再びぶつかりあい、おっぱい相撲が再開される。腕力を誇示しあうプロレスとは違い、乳比べではおっぱいどうしがぶつかることが前提なのだ。真緒はそれを失念していた。
「早くギブアップしなさい。本気で潰すわよ」
ぐりぐりとGカップが押しつけられ、真緒の乳房が左右に振られる。張りの強い圧迫にスライム乳が悲鳴をあげた。激痛が走り、恥辱まみれで乳首が立つ。あっという間に戦意が喪失していった。
「わ、わかったわよ。私の負けだってば」
「口ほどにもない。頼もしい警護官がついてて羨ましいわね、結城萌美」
キッと結城萌美の美貌が引き攣った。
緒戦からの実力差に三両目が静まり返る。葛西彩世はブラウスを脱ぐことすらなく、結城萌美の側近を屠ったのだ。この女に勝てるんだろうか……萌美先輩はひょっとして勝負するはめになるの? そんな不穏な空気が広がる。戦利品として奪われるべき真緒のブラジャーも、彩世から返品されたことでなおさら屈辱をあおられた。真緒がそそくさとブラジャーを着け直し、萌美に頭をさげる姿が痛々しい。
「次はちょいぽちゃ警護官さんの番よね?」
ぶんぶんとかぶりを振り、ちょいぽちゃ警護官が不戦敗の意思を示す。真緒との闘いを見て勝てる気がしなくなったのだろう。
「Eカップさんは?」
――無言。矜持を示すべきか現実を受け入れるべきか悩んでいるのだ。
「情けない」
つぶやいたのは結城萌美だった。流れてゆく車窓の景色を眺めている。
「約束よ。あんたの取り巻き連中に勝ったんだから香織の挑戦を受けてあげて」
「望むところだわ。このまま退散するわけにもいかないし。返り討ちにしてあげる」
結城萌美がスッと立ち上がるとギャラリーが後ずさった。決闘の開始を報せるLINEが飛び交い、三両目が戦場と化す。肩身の狭い思いをしていた聖フォレスト女学院高校の生徒たちがほくそ笑んで、香織の勝利を祈った。
「……全力で闘っても勝てないかもしれないわよ、あの女」
「わかってます。けど眞理子先輩のためなら討死にするのも本望ですから」
「頑張って。邪魔する奴らは私が牽制してる」
すれ違いざまにささやき合うと、香織と彩世は臨戦態勢をあらたにした。香織は結城萌美と矜持をぶつけ合うために、彩世は邪魔する連中を威嚇するために。
……電車が次の駅に到着し、乗降後に再び走り始めると間もなく、敗けられない闘いの火蓋が切って落とされた。
「聖フォレスト女学院高校、瀬名香織。結城萌美にあらためて挑戦状をたたきつけます。あなたの下着(みしるし)を頂戴して、敬愛する丹羽眞理子先輩の慰めとするために」
「敵討ちの挑戦状、確かに承ったわ。乳道の志士として正々堂々と勝負しましょう。くだらない先輩愛がどれだけ惨めか教えてあげる」
結城萌美は余裕をたたえていた。挑発するような言葉を述べながら緻密な戦術思考を回転させている。香織をどう斃すか計算しているのだ。生半可な覚悟で萌美に勝負を挑んだとしたら、その殺気だけで降参してしまうだろう。
――けれど香織にもプランがあった。結城萌美の戦歴を分析した結果だ。萌美は胸をなじられることに弱く、また一気に形勢を有利にしようとする傾向がある。つまり理性的ではなく感情に流されやすいのだ。その点を衝けば充分に勝てる目算があった。結城萌美は、瀬名香織などという無名の志士の戦歴など分析していないだろうから。
「97センチのIカップ」
「98センチのJカップ」
たがいにバストサイズを宣告する。卑怯な真似はしないという、いわば武士どうしの名乗りあいだ。アンダーの差でカップサイズに違いはあるものの、香織と萌美のバストはほぼ互角といってよかった。
「先輩思いの後輩さんはどんな闘いがお望みなのかしら? おっぱい相撲? おっぱいボクシング? それともキャットファイト? リクエストに応えてあげるからなんでも言ってごらんなさい」
両腕を組んだ結城萌美は上から目線だ。胸の谷間が圧巻だった。
「ブラジャー交換を。名だたる結城萌美の下着を試着できれば乳道の志士としてこれ以上の栄誉はないわ。ひきちぎって戦利品にしてあげる」
「一回戦としてはまあ妥当ね。……いいわ、着けさせてあげる」
《ブラジャー交換》は主にふたつの目的でおこなわれる。対戦者どうしのバストサイズが互角の場合、相手のブラジャーを先に破壊して優勢を勝ち取る目的がひとつ。
逆に対戦者どうしのバストサイズに差がある場合、巨乳のほうが貧乳を嘲ってプライドを打ち砕く意図がある。nao≠ネる先駆者が考案した勝負方法と言われているが、詳細は乳道戦士のあいだでも不明だ。
当然、今回は互角の者どうしの交換戦。Iカップ対Jカップなので、どちらが先にホックを弾き飛ばしてもその迫力は壮絶になるだろう。
たがいに相手を睨みつつ夏服を脱いでゆく。ブラウスが脱ぎ捨てられてあらわになる黒いブラジャーと花柄のブラジャー。どちらもメロン級の大きさだ。ギャラリーの間から羨望のため息がもれる。不運にも居合わせてしまったOLも言葉を失っていた。
ふたりが躊躇なくブラジャーを取り去っていく。
「Angel Heartブランドのオーダーメイドブラよ」
「奇遇ね。私も今日はAngel Heartブランドなの」
Iカップ以上ともなると既製品に理想のデザインを探すのは難しいのだろう。香織も萌美も特注のブラジャーを身に着けていた。それはすなわち、自分のバスト以外にフィットしない下着を交換しあうということ。
「ふうん……これがあなたの勝負下着ね」
受け取った香織の黒ブラを蔑むように眺め、萌美が早速試着しはじめた。
ストラップに腕を通して乳房をカップで包み、後ろ手で三段ホックを留める。萌美のバストは柔らかさと弾力性が絶妙に釣りあったふくらみだ。若さを誇るようにU字型に発育している。乳房をもう一度カップに押し込んだのはポジションを整えるためだろうか、それとも窮屈さをアピールするためだろうか。
「着け心地は悪くないわね。地味で女子高生っぽくないけど」
「あなたのはかわいいわ」
香織も試着した。まず三段ホックを正面で留めてぐるりと半回転させる。それからストラップに腕を通してカップに乳房を収めた。収納とポジション調整を同時におこなうのでどうしても前屈みになる。ロケット型のIカップが豪快にたわんでいた。
「ちょっときついけど」
香織のIカップは斜め上に突きだしている。萌美のブラを自然と押し破る恰好だ。勝てるかもしれない――香織は思った。
けれど結城萌美も負けてはいない。柔軟性のある乳房が香織のブラジャーに適応し、カップを埋め尽くしているのだ。弾力性にも物を言わせてひきちぎりに掛かっている。
(さすがね)
ブラジャー交換だけで勝敗が決するとは思っていない。香織も渾身の力を込めてホックを弾き飛ばしにかかった。めりめりと生地が悲鳴をあげ、留め金が疲労しはじめる。ギャラリーが息を呑んだ。ばちんっ、とここでブラを破壊できれば理想的なのだけれど。
……やがて一分ほど交換戦を繰り広げた末、どちらからともなく引き分けを認めた。
「よく耐えたじゃない、あなたの勝負下着。一応、褒めてあげる」
予想外と言わんばかりに萌美が肩を竦めた。
「あなたのブラこそ頑丈よ……と言いたいところだけど、これ戦利品にもらっていくつもりだから借りたままでいいかしら?」
「言ってれば? 最後に泣きを見るのはあんたのほうよ」
「私が嗤(わら)う結末なんだけど」
おもむろに、香織が結城萌美のバストを鷲掴んだ。萌美も負けじと掴み返す。《揉みつぶし対決》だ。ただひたすらに揉みまくって相手の降参を迫る。愛撫ではないのでもちろん遠慮がない。まるで相手の乳房が握力計でもあるかのように。
「……スライム系のおっぱいね。思ってた以上に重たいわ」
萌美が香織のバストを揉みくちゃにする。
「あんたのは弾力が強いのね。垂れさがってもいないし」
「乳道の神様に愛されてる徴(しるし)なの。身の程知らずの肉塊とはわけが違うわ」
「そういう割には手が辛そうだけど? 腱鞘炎になる前にギブアップしたら?」
香織の乳房には果てしない重量感がある。鷲掴む萌美の手がそれゆえ難儀を強いられていた。どんなに力いっぱい揉みくちゃにしても、Iカップが変幻自在に形を変え攻撃を受け止めるのだ。重圧が萌美の手首にかかって疲労感が蓄積していく。
「ふざけないで」
萌美が最大限の握力で揉みつぶした。
(……っ!)
「痛いの? 痛いなら素直に叫べばいい。不遜な挑戦には目を瞑ってあげる」
「冗談じゃない!」
香織も握り返した。
容赦のないつぶし合いにブラジャーが上へとずれていく。次のラウンドへと自然に移行させたのだ。ふたつの爆乳がこぼれ出て直接の握り合いになった。
ギャラリーの何人かがスマートフォンで撮影していた。ストリーミング中継で動画サイトにアップしているのだ。狭い車輌での闘いが、全国の乳道戦士たちもが固唾を呑む勝負と変わっていた。
(後編に続く)