白板系妄想寄稿『Anniversary!』(後編)
午後の撮影が始まって間もなく機材トラブルが発生した。監督さんが使うモニタが映らなくなったのだ。技術チームが原因を究明したところ、どうやら配線の一部が不具合を起こしたらしい。撮影用のカメラであれば予備を持ってきているが、監督さんのモニタとなるとそうもいかない。急遽、業者が呼ばれることになって撮影が一時中断した。ただ部品交換で済む程度なので、二、三時間後には撮影を再開できるとのことだった。
おれはれいなさんたちと一緒にダイニングルームに戻った。バスルームでの洗いっこシーンはぜひ再開してほしい。今日一番楽しみにしているシーンだ。
三人はこの時間を利用してSNSを更新していた。ツイッター、フェイスブック、インスタグラム……撮影現場からの情報発信を待っているファンは多い。
だがそれも済んでしまうと本当に暇になった。戸外では蝉が大合唱している。陽も高くなって最高気温に達したようだ。冷房の効いたダイニングとは別世界に思えた。
「……暇! 暇暇暇暇暇暇暇!」
突然、ゲームにも厭きたエレーナちゃんがテーブルを叩いた。活字にしたらゲシュタルト崩壊を起こしそうな絶叫だった。
「しかたないでしょ、モニタが故障中なんだもの」
「つまんない! 六部さん、なんか面白い話して」
「ええっ」
「じゃあいおりん。彼氏の話聞かせて」
「いないわよ。文○砲は嫌いだって前言ったでしょ」
「じゃあれいなさん。怖い話お願い。夏だからみんなで涼む」
「お化けは気のせいよ」
「……いいもん。六部さんに面白い話してもらうから」
それじゃ無限ループなんですが。
「ああもう! あたし、このお邸探検してくる」
すくっとエレーナちゃんが立ち上がった。
「探検?」
「たくさんお部屋があるから全部見たい。ここに来るの初めてだし。六部さんも来て」
とエレーナちゃんに腕を引っ張られた。
「行ってらっしゃい。私と伊織は何回も来てるから遠慮しとくわ」
タブレットから顔も上げずにれいなさんが手を振った。
どんどんと階段をのぼっていくエレーナちゃん。豪邸なので階段も瀟洒で、無駄に広い、深紅の絨毯が敷かれたステップが螺旋状に続いている。パーティドレスで着飾った貴婦人がいればさぞ様になることだろう。
だが目の前にいるのはビキニ姿のグラドルだ。逆三角形(▽)の紐パンからお尻が半分見えている。階段をのぼるたびに桃肉が小刻みに揺れていた。
(スマホ持ってくるんだったな)
「なんかお尻に視線感じる」
立ち止まってエレーナちゃんが振り向いた。
「きれいなお尻だなと思って」
「でかいでしょ」
とお尻を突きだしてくるエレーナちゃん。本能的に――いやPV撮影に招待された特権に甘えて、おれは彼女のお尻に手を伸ばしていた。
けれど彼女は怒らない。女の子のお尻がこんなに柔らかいとは知らなかった。
「全然大きくないと思うんだけど」
「でかいよ。いおりんなんかすっごい小尻だもん」
確か伊織ちゃんも同じ85センチだったような。どうして女の子ってお尻の大きさを気にするんだろう?
エレーナちゃんがくすぐったがるのでおれは調子に乗り、プリンみたいなお尻を両手でまさぐった。ついでにち○こを露出する。午前中にセンズリ鑑賞してもらったので羞恥心はない。むしろまた見てもらいたかった。
「またシコシコ?」
「いや……そのままお尻突きだしててくれる?」
膝小僧を押さえて前屈したエレーナちゃんのお尻に、おれはフル勃起をくっつけた。グラドルのお尻に、ビキニ越しでち○ぽを密着させる。変態ファンなら誰しも夢想した行為じゃないだろうか。
根元を摘んで制御可能にした亀頭をおれは紐パンに擦りつけた。下方へずらすと裏筋がくすぐられ、上方へずらすと海綿体がくすぐられる。そんな変態行為を繰り返すうちにお尻の割れ目に沿って我慢汁が糸をひいた。左右の桃肉にぺちぺちと肉棒を叩きつける。
「お尻好きなの?」
「お尻が、ていうかお尻も」
不等号で書けばおっぱい≧お尻≧………≧太もも≠セ。
おれはさらなるお願いをした。お尻を上下に動かしてみて、と。
真上を向いた愚息が85センチにつぶされる。小熊が樹の幹で背中を掻くようにお尻を上下させられると、幸せすぎる圧迫感が襲ってきた。柔らかな桃肉がエレーナちゃんの体重を感じさせ、布生地が棒の裏を摩擦してくるのだ。亀頭が充血して窒息寸前になった。
「エ、エレーナちゃんっ」
「あははは。くすぐったいってば」
たまらず、おれはフル勃起を彼女の紐パンの中に突っ込み、背後から抱きしめて腰を動かしていた。まるで盛りのついた犬みたいに。両手はEカップを揉みまくる。さらさらと揺れる髪の毛に顔を埋めて匂いをかぎまくった。
「探検はどうしたのよ?」
いきなり声が飛んできておれはフリーズした。見れば、れいなさんと伊織ちゃんが階段を昇ってくる。
「変な声が聞こえると思ったらこんなとこでお楽しみ? 二階にすら行ってないじゃない」
「だって六部さんがあたしのことデカ尻って馬鹿にするんだもん。これお仕置き」
「お仕置きっていうか変態と女子高生が交尾してるふうにしか見えないわ」
伊織ちゃんがくすっと目を伏せた。ち○こ丸出し姿が情けない。
「六部さんね、お尻も大好きなんだって」
「節操がないわね。どれだけ精子溜まってるの」
「経験値ゼロなんでこの機会にレベル上げしようかと……ハハハハ」
乾いた笑いを上げるとれいなさんが眉をひそめた。
「童貞なの?」
「魔法が使えます」
彼女たちには意味不明のようだ。三人が首を傾げた。
「不遇ね。まあ私たちのファンにはそういう男の子が多いっぽいけど。……で、エレーナのお尻に発情しちゃって思わず襲いかかったわけだ」
「襲ってないです」
「ビキニにおちん○ん突っ込みながら言っても説得力ないわよ」
やっと、エレーナちゃんが尻コキから解放してくれた。女子高生グラドルの生尻を堪能できた愚息はご満悦だ。痛いくらいにそり返っている。
おれは吾知らずつぶやいていた。
「……てほしいです」
「え?」
「……奪ってほしいです。れいなさんたちに童貞を」
ずっと抱え続けてきた劣等感が、PV撮影に招待されたという厚遇に甘え、暴走しはじめていた。それは一縷の希望にすがろうとする心の叫びだった。
滲みかけたおれの涙を拭い、抱きしめてくれたのはエレーナちゃんだった。
「……女の子知らないのは六部さんのせいじゃないよ。出逢いがね、他の人よりちょっとだけ少なかっただけ。経験人数で男の子の価値は決まらないって知ってる? もっと大切なのは六部さんみたいに誠実で優しいこと。あたし、ファンになってもらえて嬉しい。感謝したいしいっぱいお返ししたい。だからそんなにヘコまないで」
チュっ、とエレーナちゃんが優しくキスしてくれた。
辛気くさくなった空気を吹き飛ばしたのはれいなさんの一言だった。
「やれやれ。おちん○ん出しっ放しだと感動できないわ」
そのままおれは二階の一室に連れて行かれた。必要最低限の調度品しかないことから察するに、客室のひとつらしい。セミダブルのベッドとナイトテーブル、それに化粧台とクローゼットがある。窓には遮光カーテンがひかれていた。
「さっきのはキスとは言わないわよね、エレーナ」
「うん。本物のキスはこういうふうにするもん」
立ち尽くすおれをもう一度抱きしめて、エレーナちゃんが唇を重ねてきた。今度は挨拶レベルのそれじゃない。強く、激しく、むさぼるように求めてきたのだ。
おれは面食らったが、数秒後には気持ちに素直になっていた。エレーナちゃんと濃厚に唇を重ねあい、たがいの舌を絡めあっては吸ったのだ。
当然、思考に余裕ができれば欲動がうずいてくる。エレーナちゃんの唾液を味わいながらおれはEカップを揉みまくった。切ない吐息が彼女の口から漏れる。
たっぷり二分間はディープキスを経験したおれは、順番とばかりに、れいなさんと伊織ちゃんにも唇を捧げてもらった。人妻のキスは積極的で遠慮がなかった。旦那さんに不満なわけじゃないだろうけど、年下の精気を吸い取ろうとする貪欲さがあったのだ。舌ひとつでおれを翻弄する。Gカップをまさぐる手を誘導する余裕すらあった。
対照的に、売れっ子グラドルのキスは優しかった。濃密に求めあうより、小鳥みたいなキスを繰り返すのだ。舌先を伸ばしても恥ずかしげに触れるだけ。上唇と下唇を別々に接吻されるのが特に照れていた。Fカップを鷲掴むと腕を掴み返してきたが、結局はおっぱいを揉ませてくれた。
おれは三人と顔を寄せあって舌戯に溺れた。みんなでベロ出しあって絡めまくり、蠢かしあったのだ。もう誰が誰を求めているのかわからなかった。
「上着も脱いで」
おれを全裸に引ん剥くと、れいなさんがベッドの端で四つん這いになった。エレーナちゃんと伊織ちゃんもそれにならう。グラドルのお尻が横一列に並んだ。
「六部さんの大好きなお尻よ」
からかうような視線で三人が振り向く。
おれは順番に――いやランダムにセクハラしまくった。形も触感も違う人妻の、女子大生の、女子高生のお尻を触りまくったのだ。両手でひとりの臀部をまさぐったかと思えば、左右別々のお尻を撫でたり鷲掴んだりする。れいなさんは触られても平然としていたが、伊織ちゃんは敏感すぎるくらいくすぐたがっていた。エレーナちゃんは面白がって笑っている。おれは存分に、手のひらに三者三様の触り心地を記憶させた。
もちろん愚息は喜びっぱなしだ。階段でエレーナちゃんにやったように、伊織ちゃんとれいなさんのお尻にも勃起を擦りつけた。ビキニ越しで亀頭をくっつけたり、裾から突っ込んで生尻を味わったり。伊織ちゃんの美尻は丁寧で優しかった。人妻の熟尻は圧迫感が半端じゃなかった。
「横になって」
れいなさんがベッドの端に腰掛け、腿のあたりを叩いた。どうやら膝枕してあげる、というお誘いらしい。おれは言われるがまま仰向けになり、れいなさんの太ももに頭を載せた。
「なんか安心できる気がします」
「そりゃ子持ちだもの。母性ってやつね」
「旦那さんにもやってあげるんですか」
「耳掻きの時は必ず。大きな赤ちゃんができたみたいで幸せを感じるわ」
夫婦仲は円満のようだ。
「おれも……れいなさんに甘えていいですか」
「もちろんよ。そのために膝枕してあげたんじゃない」
れいなさんが背中に手をまわし、一瞬でビキニブラの紐をほどいた。92センチの乳房がこぼれ出る。大きなU字型をしたそれはふくらんでいると言うよりぶらさがっている印象だった。乳輪が大きめなのはもとからなのか、授乳を経験したからなのか。
おれは夢中でれいなママのおっぱいにむしゃぶりついた。乳首を吸ってミルクを求める。もちろん母乳は出ないけれど、そうするだけで恍惚となれた。
「反対のおっぱいも吸ってくれないとダメよ」
顔面に乳房を押しつけられると呼吸が止まった。搗きたての、巨大な鏡餅を載せられたみたいだった。おれは狂ったように吸いまくり、人妻グラドルの愛に溺れた。へそ天しているち○ぽはれいなさんの手が、ゆっくりと擦ってくれていた。
「あたしのファンだって言ったのに、六部さん、れいなさんのおっぱいでうっとりしてる」
「エレーナもママになれば母性が芽生えるわよ」
「負けないもん。六部さんはあたしのことが一番好きなんだから」
ち○ぽが奪われた感触がした途端、全身が総毛立つくすぐったさが広がった。
膝枕から顔を上げて見ると、エレーナちゃんがおれの足元で四つん這いになり、フル勃起に舌を這わせていた。まるでアイス舐めだ。根元から亀頭まで丹念に往復する。
おれは初めて経験するフェラチオに身を捩ってしまった。ずっと頭の中で想像してきた感覚を遥かに超えている。
「エレーナのフェラで喜んでるみたいよ」
「気持ちいい?」
と上目遣いに尋ねながら、エレーナちゃんが裏筋をちろちろする。それは蛇の舌みたいに小刻みで、的確におれの弱点を探り当てていた。
「き、気持ちいいっ……ぁはぁっ」
先っぽをエレーナちゃんに咥えられてのけぞってしまった。途端、れいなママの爆乳が顔にぶつかる。
「はむっ。……んむむ……ちゅぱっちゅぱっ、ちゅぱっ……じゅるじゅる」
肉棒をめいっぱい咥えてエレーナちゃんが顔を動かすと、射精欲が指数関数的に増大した。けれど、午前中にあれだけ射精したので精巣は空っぽだ。女子高生グラドルの口技に身悶えるしかない。まるでゴールのない快感刑に処されているみたいに。
「えっと……私もまぜてもらっていいかな。なんか楽しそうに見えてきた」
伊織ちゃんが遠慮がちに申し出た。
「だえ。ろくえはんのおひんひんはああしだへのもおだおん」
エレーナちゃんがち○ぽを頬張りながら答えた。
「意地悪しないでよ。六部さんも私に舐めてほしい顔してるよ」
「できれば」
「んもう」
やっと口からち○ぽを離したエレーナちゃんが言った。もちろん本気で機嫌を損ねたわけじゃないのでフォローは無用だ。その証拠に、伊織ちゃんと顔を寄せあって童貞ち○ぽを愛撫してきた。左右から不協和音で舐められると鳥肌が立った。力加減も速度も違うベロが感覚神経を混乱させるのだ。どちらを満喫していいのか、どちらをくすぐったがればいいのか。のけぞればGカップの爆乳にぶつかる。れいなさんまで亀頭を指で摘んで遊んだ。
「……おっぱいに挟んでもらいたいです」
「パイズリ? お口じゃなくていいの?」
「エレーナちゃんと伊織ちゃんとれいなさんにパイズリしてもらうのが夢で」
「シコシコする時の妄想ね」
「は、はい」
PV越しに見る谷間に何度妄想をあおられたことか。憧れのグラドルにパイズリしてもらえたらこの世に思い残すことはない。
「普通のお願いだと思うわ」
れいなさんが微笑み、再び三人がベッドの端に腰掛けた。理想からいって初パイズリはエレーナちゃんに奪ってほしい。小悪魔的な女子高生に。
「パイズリっておっぱいでおちん○ん挟むんだっけ?」
エレーナちゃんがビキニブラをめくっておっぱいを晒した。想像どおりの白さだ。日焼け痕はなく、桜色の乳首がつんとのっかっている。
「フェラテクはあるのにパイズリもシコシコも知らないってどんな経験してるのよ」
「けど得意だよ、挟むの」
根拠のない自信を見せて、エレーナちゃんが左右の乳房を持ち上げた。おれはその狭間にフル勃起をあてがった。むぎゅっとふくらみが手繰り寄せられると肉棒に圧迫感が広がる。張りと弾力が絶妙に均衡した、女子高生特有の感触だった。
「谷間に埋もれちゃったわね」
「ふふ……おちん○んが喜んでる」
れいなさんと伊織ちゃんが淫語責めする。恥ずかしさと情けなさを感じながら、おれは女子高生グラドルに下半身を委ねた。エレーナちゃんが左右の乳房を同時に揺らし、肉棒を愛撫する。交互に揺すってとお願いしなくちゃいけなかったので、やっぱり自信には根拠がなかったのだろう。両腕を抱えるようにして挟まれた時にはち○ぽを大切にしてくれてる気がした。エレーナちゃんはそれから人妻にレクチャーを受け、パイズリの経験値を上げた。おれも経験値を上げた。終了後にチュっと亀頭にキスしてくれたのが嬉しかった。
「ビキニ着たままでいい?」
続いて選んだ伊織ちゃんにフル勃起を見せつけると、申し訳なさそうな声が返ってきた。
「伊織ちゃんのおっぱいも見たいんだけど」
「ごめん……ちょっとコンプレックスがあるからおっぱい出すのは無理」
「チラッとでも?」
「チラッとでも。ほんとだめなの」
手ブラする彼女におれはデリカシーの警報を感じた。拒絶するからには相応の劣等感があるに違いない。乳輪のほくろを見られたくないとか、陥没乳首だとか。
ナンバーワングラドルの生乳を見られないのは残念だったけど、無理強いするわけにもいかない。おれはうなずいて理解を示した。パイズリしてもらえるだけ幸運だ。
「じゃあ着衣のままで」
おれはビキニ越しに、伊織ちゃんにパイズリしてもらった。Fカップが持ち上げられるとマシュマロに似たぷにぷに感がフル勃起を包んだ。それはエレーナちゃんより柔らかく、れいなさんより弾力があった。伊織ちゃんは乳首免除の件で後ろめたさを感じたらしく、代わりに、谷間から突き出たフル勃起を舌で慰めてくれた。数万人のファンを抱えるなかで、おれだけに披露してくれたパイズリフェラ。午前中にち○こを涸らしていなかったらものの数秒で射精したに違いない。エレーナちゃんのご機嫌を損ねながら。
……それからおれは人妻の熟練パイズリに翻弄され、情けない喘ぎ声を漏らした。寄せ集められたEカップ、Fカップ、Gカップにフル勃起を埋没させたのは言うまでもない。「おま○こ」と一言で称するけれど、個々に形状も反応するポイントも違うと知ったのはその直後のことだ。おれはエレーナちゃんに正常位で童貞を奪ってもらい、伊織ちゃんにバックで経験値を積ませてもらって、れいなさんに騎上位で弄んでもらった。ほんとうにち○こが涸れきってしまった。モニタの修理が終わってスタッフさんが呼びにきたのは、ちょうど、全員が服を着直し、大満足で客室を出ようとした時だった――。
***
――待ちに待ったPV発売日当日。おれは電車を乗り継ぎ、発売イベント兼サイン会が開かれる大手書店に足を運んでいた。催事ホールへ続く階段は多くのファンでごった返し、人いきれが辺りに充満している。事情を知らない人が見れば怪訝に思ったに違いない。警備員を動員するこの騒ぎはなんだ、と。
「大変お待たせ致しました。これよりAngel Heartプロモーション様設立十周年を記念したPV発売イベントを開催致します! ご来場はPVをご購入の方のみ可能です。在庫は充分に確保しておりますので慌てないようお願い致します!」
店員が宣言するとファンの間から拍手喝采が湧いた。イベントに登場するのはあの三人――れいなさん、伊織ちゃん、そしてエレーナちゃんなのだ。通常版PVを買うと直筆サインのみ、限定版PVを買うとそれに握手が追加される。PVの販売は催事ホール前の特設店舗でおこなわれる。
(また……会えるんだ)
豪邸でのハーレム経験をしてから三カ月が経つ。猛暑にうだったあの日々が、今では木枯らしが吹きすさぶ季節に替わっている。外出する女性たちも厚着になり、パンチラや胸チラの機会は来年までお預けになった。それは永遠に繰り返されてきた、自然のルーティンだ。
「次の方どうぞ」
女性店員にうながされておれはPVを買った。通常版と限定版の二種類だ。内容の差異が微妙であっても構わない。グッズはできるだけ買うのがファンの心得なのだ。
「伊織ちゃんまじ最高だった」
「おれ、もう手洗わない。エレーナちゃんに人生捧げる」
「れいなさんれいなさんれいなさんれいなさん」
謁見を終えたファンがそれぞれの表情で去っていく。サイン入りのDVDを抱きしめたり、恍惚とした目でうわごとをつぶやいたり、感涙を拭おうともしなかったり。
おれはそんな彼らを見てほくそ笑んでいた。直筆サインや握手で感極まるなんて憐れな、おれはお前らとは違うんだよ、と。
だがそんな優越感が一瞬で崩壊したのは数分後のことだった。長テーブルに並ぶれいなさんたちにDVDを差し出すと、素っ気なさを超えて冷淡にも思えるリアクションが返ってきたのだ。
「お名前は?」
「えっ……」
「サインの横に宛名も書いてあげたいので教えてください。漢字も」
何を言っているのだ。名前は知っているはずじゃないか。あの日、撮影現場のダイニングで自己紹介しあい、破廉恥な時間を共に過ごしたのだから。
催促するようなれいなさんの目線に困惑しつつ、おれはフルネームと漢字表記を伝えた。流れ作業で三人がサインペンを走らせる。伊織ちゃんもエレーナちゃんも他人行儀だった。
(そうか……他のファンもいるから演技してるんだ)
おれは好意的に解釈した。数百人のファンが列をなす手前、いくらハーレムタイムに興じた仲でも、おれだけに特別な態度を見せるわけにはいかない。そんなことをすればファンの疑心を招く、彼女たちのSNSが炎上する、文○砲に喜々として標的にされる。
「……ありがとうございます」
突っ返されたDVDを受け取っておれは三人と握手した。谷間がビキニから見えているのに興奮しない。まったく、思考回路が混乱していた。
「エレーナちゃん……あのさ」
「時間に制限がございますので次の方に順番を」
スーツを着たSPに割り込まれた。去り際に三人を振り向いたけれど、彼女たちは新たなファンとの談笑をはじめていた。
……長い長い夢だったのだろうか。それとも本当に彼女たちの演技なのだろうか。
家に帰ったおれはスマートフォンを確認してみた。PCのフォルダも確認してみた。けれど、そこにはあの日のハーレムを証明する動画像はひとつも存在していなかった。三カ月間、毎日おかずにしていたというのに。
――と、ノックもせず妹が部屋に入ってきてナイトテーブルにコップと錠剤を置いた。
「お兄ちゃん、薬飲み忘れてるよ。お医者さんの言うこと聞かないとだめじゃん」
「え?」
「え、じゃなくて。お兄ちゃんはここの病気でしょ。休養して元の生活に戻らなきゃ」
妹が自分の胸のあたりを指差した。おれはナイトテーブルの錠剤を見やった。
「病気?」
「お兄ちゃんは心因性の認識境界障害。昔から爪弾きにされてきた疎外感が積み重なって、心を蝕んで現実と妄想の区別が曖昧になったの。辛い世の中から逃避するためにグラビア世界にのめり込んだのが発端。病気を発症した引き金は就活での失敗だよ」
すんなりとは理解できなかった。けれど、何度も聞かされたような説明に思えた。
「じゃあ家庭教師やってるのも撮影会に行ったことも幻だったのか」
「撮影会っていうのは知らないけど、カテキョーやってるのは嘘じゃないよ。正確にいえばやってた、だけど。まあ記憶が曖昧だったり時間軸がめちゃくちゃになったりするのも病気の特徴みたいだけど」
「…………」
「薬、ちゃんと飲んでよ」
部屋を出かけた妹がふと振り向いた。
「外出した時はせめてLINEには出てよ。お兄ちゃんは夢遊病の時限爆弾みたいな存在なんだから、居場所くらい教えて。心配するじゃん。あと私の下着をおかずに使うのもやめて。血の繋がりはないけどさ、やっぱりエッチなことに使われるのは恥ずかしいし。今回は病気に免じて許してあげるけど」
パタン、と静かにドアが閉まった。
おれは頭を抱えた。あんなにリアルな体験が妄想だったって? 容量いっぱいに集めたおかずも幻だったって? 信じられない。そんな三流小説みたいな夢オチってあるかよ。
おれはふらふらとベッドから立ち上がり、机の抽斗(ひきだし)を漁った。
やがて見つけだしたのは――。
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当選通知書
炎暑の候、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。平素は格別の
ご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
さて、この度は弊社Angel Heartプロモーション設立十周年を記念し――。
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……ああ。いったいなにが現実でなにが妄想なんだ――。
白板系妄想寄稿『Anniversary!』END
※作者註:「心因性認識境界障害」は架空の疾病です。