【死への畏怖、嬢の嗟嘆】
そうは言ってもここは危険な風俗の世界。常に頭から離れないのがデリ嬢としてのリスク。デリとは殿方に女性の生身の体と尊厳をささげ対価を得る仕事。そしてその仕事には常に大きなリスクがともなうのです。
母乳デリでまず煩憂すべきは「病気」です。私は「STDチェッカー」という検査キットを手に入れて日常的に性病やHIV感染のチェックをしております。
本番は決してしませんが、口、乳首、性器、肛門など粘膜の接触は避けられないプレイが中心です。だいいち母乳は私の血液からつくられるもの。もし私がHIVに感染したら母乳を通して他の殿方を感染させてしまうことになります。これは殺人と同じですよね。
天職であるこの仕事で死んだとしてもそれはそれで私の本懐なのですが、私の生活を支えてくださった他の常連様を感染させ道連れにすることは慙愧に堪えないことであり、やはり私にとっても常連様にとってもその不安を払拭するために検査キットを常用すのは私の義務だと思うのです。
殿方に安心して母乳を飲んでいただくためにも、ご希望であれば直ちに陰性の証明をご覧に入れる用意はいつもしております。
幸いなことに私の常連様は自ら感染を呼び寄せるような行為とは無縁の方々ばかりで、新規の殿方にしても最近は全て常連様のご紹介を通しておりますので、常に死を覚悟していた以前よりはずいぶんと安心できるようになりました。
でも検査の結果は常に後手に回るもの。根本的な安全とはほど遠いものです。
嬢の仕事とは死と隣り合わせと心得ておりますし、不安に勝る性欲で私を指名してくださる殿方もやはり心の奥底では決死の覚悟で私の母乳を飲んでおられることでしょう。
居直って言えば、お互い死の恐怖を乗り越えて営むプレイこそ快楽昇華の最たるものかも知れませんね。少し軽口が過ぎました。
そしてデリという仕事の哀しさが身につまされる現実。同僚の母乳デリ嬢の多くが指名欲しさから、過剰サービスを上乗せ、嬢自ら禁じられている生本番を殿方に強要、あげくに妊娠……。
また、デリのことがご主人に発覚して家庭崩壊、あるいは知人に見つかって突如蒸発などのことは決して珍しいことではありません。
でも母乳デリ嬢をしている女性には、やはり無理からぬ事情があるのです。ご主人の病気や失業、医療費や借金に苦しめられ泣く泣くデリ嬢として働いている女性の多いこと……。
私とて望まぬ事情でこの世界に入った身。彼女たちの苦悩は手に取るようにわかります。
彼女たちを見ていると、守るものがない独り身であることだけでなく、絶望から「乳のおもてなし」という桃源を見いだすことができた私は、社会の最底辺にありながらもまだ恵まれている女だと思うのです。